北半球の高緯度に位置する英国の冬は長く、寒い。そしてこの季節になると英国のメディアで頻繁に取り上げられるのが、ホームレスの人々だ。駅の構内や路上といった公共の場所で毛布にくるまり夜を明かすために、普段は疎ましがられることが多い彼らも、冬になるとチャリティ団体の活動が活発になるため、その存在に対する注目が増える。ただ関係者の話によると、メディアが取り上げるこうした路上生活者は例外的であり、実際には英国のホームレスのほとんどが屋内に住んでいるという。今回はイングランドの事情を例に取りながら、この「隠れたホームレス」たちに焦点を当ててみた。
(本誌編集部: 長野雅俊)

「屋内で暮らすホームレス」の数は13万人
全人口が5000万人強とされるイングランドにおいて、自らを「ホームレス」と定義して地方政府に保護手当を要請しているのは約30万世帯。このうち、政府が実際に援助が必要なホームレスであると認定しているのが約13万7000世帯となっている(中でもロンドンに多く、全人口に対して1%の割合で存在している)。こうして政府から認定を受けたホームレスたちは、専用のホステルやベッド&ブレックファースト(B&B)などの宿泊施設、または地方政府が用意した住宅施設などに住んでおり、彼らが「屋内で暮らすホームレス」たちの正体である。
一方、「ホームレス」と言われて一般的に思い浮かべられることが多い路上生活者(Rough Sleeper)たちは上の数字に含まれていない。彼らの多くが政府に届け出を行っていないために実態を把握するのは困難だと言われているが、推定ではイングランド全体でも約500人程度の規模だという(2004年、副首相府調べ)。つまりイングランドには、路上生活者の200倍以上に上る数の「屋内で暮らすホームレス」たちがいることになる。
ちなみに2003年の厚生省の調べによると、日本全国に存在するホームレスの数は2万5296人。この数字と比べても、英国の「屋内で暮らすホームレス」の数は突出している。
「屋内で暮らすホームレス」と路上生活者の違い
先に述べた、イングランドの法制において政府援助の対象となる13万人以上の「屋内で暮らすホームレス」たちは基本的に、(1)不可避的にホームレスになったと見なされる (2)優先的に援助が必要と判断される、との2つの要素を満たした者となっている。(1)については自己責任の有無が問われ、(2)については扶養家族がいたり、身体または精神に障害を負っている、家庭内暴力の被害を受けている、かつて軍隊勤務の経験や前科歴があるため社会復帰に援助を要する場合などに認められる。逆に例えば扶養家族を持たず、軍隊の勤務経験もないがアルコール中毒になったためにホームレスとなった独身男性などが、政府の援助を得ることが出来ずに路上生活者となることが多い。
ホームレスの2割以上は元軍人
退役軍人組織「Ex-Service Action Group」の統計によると、英国全体に存在するホームレスのうち約22%が元軍人。彼らの多くが義務教育を終えた直後に入隊し、以後は軍隊の中でまるで自身の家族を築くかのような生活を送るために、一般社会に出てから自立した生活を営む際に問題を抱えてしまう場合があるという。また戦場という危機的状況には対応出来ても実社会における職業的技術を持ち合わせていないため就職が出来なかったり、場合によっては戦場でトラウマを抱えてしまった者などが除隊後に社会に適応できなかったりしてホームレスになってしまう場合が多い。今ではホームレスのためのチャリティ団体「Crisis」でボランティアとして働くスコットランド出身の64歳、エドウィン・リントンさんもかつてはそのうちの1人だった。
「16歳の時に入隊して、軍隊に27年間勤め上げました。バッキンガム宮殿で護衛したり、アフリカ東部に駐在していた時までは良かったのですが、北アイルランドでの駐在で色々な問題にぶち当たった。もう詳しくは話したくはありませんが、命の危険を感じたり、心が不安定になるような出来事ばかりだった。そしてアルコール中毒になった挙句に除隊せざるをえなくなって、路上生活を始めました。以後、お酒の量はどんどん増えていったのです。周りの路上生活者と徒党を組んでは、他のグループと訳も分からず喧嘩ばかりしていましたね」。
| 政府援助を受けるホームレスの該当理由(一部) | ||
| 扶養家族の存在 妊娠中である 前科者 軍隊経験者 |
高齢者 身体障害者 精神病患者 保護者との死別 |
家庭問題 家庭内暴力 17歳以下である |
政府援助の対象となったホームレスにはいくら支払われるのか
| 16歳男性、週£60のホステル(3食込み)に住むAさんの場合 | |
| 住宅手当(3食付き) | 週£39 |
| 保護手当 | 週£35.65 |
| 特殊事情に対する特別手当 | 週£11.20 |
| 計 | 週£85.85 |
| 35歳女性、2人の子供を持ちながら週£100の家に住むBさんの場合 | |
| 住宅手当(光熱費込み) | 週£83.35 |
| 保護手当 | 週£59.15 |
| 単身親への特別手当 | 週£22 |
| 計 | 週£164.50 |
保護手当は種々の理由で労働に携ることが出来ない者に対して支給される。住宅手当は通常、家賃の料金がそのまま支給額となるが、状況に応じてこれに特別手当が割り当てられたり、また逆に光熱費や賄い費込みの住居に関しては一定額が差し引かれたりする。上の図表はあくまで一例であり、支給額は個々のケースによって大きく変わる。英国会計検査院の調べによると、ホームレス対策のために英国民の税金から支出される予算は年間10億ポンド(約2300億円)。
デービッド・クックさんの1日
35歳、ニューカッスル出身16歳の時に軽歩兵部隊に入隊。英国内で駐留を続けた後、21歳で除隊しホームレスとなる。近年まで路上生活を続けるも、2カ月前よりロンドン東部リバプール・ストリート駅近くにあるホームレス専用のホステルでの生活を始めた。2年前に£65でギターを購入した後はギターを習い始め、将来は歌手として生きることを目指している。現在の目標は、なるべく早くホステルを出て自分の部屋を持ち、録音機器を買うこと。 |
「21歳で軍隊を離れてから、路上生活はこれまで3回経験したことがあります」と語るデービッドさんは、現在は政府から援助を受けながらホステルに宿泊する「屋内で暮らすホームレス」の一員となっている。将来ミュージシャンになることを目指す彼は、かつてはバスキング(街頭で音楽を演奏してお金を稼ぐこと)を主な収入源としながら路上生活を営んでいた。「2カ月ぐらい前からホステルに宿泊できるようになったので、昔みたいにバスキングをしなくてもよくなりました。今はようやく、自分の曲を書くことに集中できます」。
ただバスキングをしていた時の方が、日によっては自由に使えるお金が多かった。まだロンドンのウォータールー駅でバスキングを始めたばかりの頃、習いたてのギターではわずか1曲しか弾けなかったにも関わらず、1日で50ポンドも稼いだことがあるという。「でも路上生活していると、食べ物、飲み物も購入しなければならないので結局は高くつきますね。ホステルであれば食事は安く提供してもらえますから」。
また安全や健康の面でもホステルでの生活の方が格段に良い。「路上では絶対に深く眠ることは出来ません。ロンドンでは、どんな時間でも人々が側を通り過ぎて、酔っ払いが絡んできます」と話す。「今は安定した生活を手に入れたことで音楽という目指すべき方向性が見えてきて、これが生きがいになっている。早くミュージシャンとして自立できるようになりたいですね」と夢を語ってくれた。
| デービッドさんのある1日 | |
| 6:30 | 起床、シャワーを浴びて、しばしテレビ鑑賞 |
| 8:00 | ホステル提供の朝食を食べる |
| 8:30 | 自分の部屋に戻りギターの練習 |
| 11:00 | 外出し、日常品の買出し |
| 14:00 | ホステルに戻り、ギターの練習 |
| 17:00 | ホステル提供の夕食を食べる |
| 18:30 | チャリティ団体が主催するコースで学習 |
| 20:30 | ホステルに戻る |
| 21:00 | ホステルの仲間としばしチェスに興じた後、ギターの練習 |
| 23:00 | 就寝 |
| デービッドさんの家計収支(週当たり) | |
| 収入 | |
| 失業手当 | 週£57.50 |
| 住居手当 | ホステル宿泊費の割引分として反映 |
| 計 | 週£57.50 |
| 支出 | |
| ホステル宿泊費 | 週£40 |
| 食費(朝夕2食、ホステル宿泊費込み) | £0 |
| チャリティ団体でのコース料 | £0 |
| 服、靴下 | £12 |
| ギターの弦 | £5 |
| 計 | 週£57 |
ビッグ・イシューを販売して、生活できるのか
1991年に英国で創刊され、2003年からは日本版も発売が開始されたホームレスが販売するストリート・ペーパー、「ビッグ・イシュー」。労働の場を提供することでホームレスの人々に自立を促すことを目的とした同誌では、一部を£1.50で販売、このうち£0.80が販売員の収入となり、残り£0.70がビッグ・イシューの製作費、人件費として徴収される。ホステルなどに住んでいる「見えないホームレス」たちにとっては、住居費などを政府の援助で賄うことが出来るので、売った部数がそのまま収入になる。ビッグ・イシューの販売経験のあるデービッドさんは1日に30部をさばき計£24の収入を得たことがあるようだ。
「地元の人々と知り合いになれるので、地域住民の一員という感覚を味わうことが出来た」というデービッドさん。一方で「(販売員に対する)あからさまに見下しているような人々の視線」が気になり、長くは続かなかったという。

イングランドには政府が認める「屋内で暮らすホームレス」が13万人も存在することは既に述べた。 その中には様々なケースがあって、政府からの援助をわずかな支えとしながら生活の困窮に耐える世帯もあれば、何も事情を知らない人が見れば、なぜ援助の対象となっているか分からないような人たちにも出会う。果たして、ホームレスに対する援助はどのように行われるべきなのか。ユニークな例として、先のページで登場したデービッドさんが利用するホームレスを対象としたボランティア団体「Crisis」と、ホームレスのみで構成された劇団「Cardboard Citizens」の関係者にそれぞれ聞いてみた。
「屋根があるだけでは人は生きていけない」
ホームレスのためのチャリティ団体「Crisis」代表
レスリー・モーフィーさん
私たちのチャリティ団体では、ホステルやB&Bなどに住むいわゆる「隠れたホームレス」たちを悪循環から救い、自立した生活を送ることが出来るように働き掛けています。
英国では古くから深刻なホームレス問題を抱えてきたのですが、政府やチャリティ団体が一丸となって対策を講じてきたので、近年になってからは確かに路上生活者の数が激減しました。でも決していなくなったのではなく、彼ら路上生活者が隠れてしまったのです。Crisisでは、政府の統計には表れないこうした「屋内で暮らすホームレス」たちが40万人いると見積もっています。

自作を前にポーズをとる
ホームレス
1967年に設立されたチャリティ団体。1971年に「オープン・クリスマス」と題したイベントにおいてホームレスに食べ物や部屋を無償で提供する運動を始め、英国のメディアから注目を集めるようになる。2002年からは「スカイライト」と名付けたプログラムを運営し、ホームレスたちが様々な文化に触れる機会を作ることで、彼らに社会復帰を促す試みを行っている。
住所: 66 Commercial Street London E1 6LT
TEL: 0870 011 3335
Website: www.crisis.org.uk
「文化の問題は、文化によって対処を」
ホームレスで構成された劇団「Cardboard Citizens」プロジェクト・アシスタント
リチャード・マックスさん

Cardboard Citizensのメンバーたち
私は、ホームレス問題というのは、文化構造の歪みから生じたものだと考えます。ゆえに、この問題を解決しようとすれば文化を持って対処するべき、というのが私の考えです。この考えを実現するため、私たちは観客と一体となって作り上げる「フォーラム・シアター」と呼ばれる演劇形態を用いた、ホームレスで構成された劇団を運営しています。
次に英国のホームレスが手厚く保護され過ぎているのではないかという議論についてですが、大切なことは彼らがなぜホームレスになったか、ということ。もし彼らが怠惰な生活を送っているためだとしたら、なぜ彼らは怠惰になってしまったのか。こういった疑問に対する解答は、対話を通してのみ生まれてくると信じています。だからこそ私たちは、演劇を通して、ホームレスたちが人生を前向きに歩んでいくための道を模索していくことを願っています。
1991年に設立された、ホームレスやホームレス経験者を中心として構成された劇団。過酷な状況で生きる人間への理解を深めながら、種々の問題を克服していく技術を身につけることを目的とした「フォーラム・シアター」という形式の劇を上演している。この演劇活動を通じて、演技者であるホームレスの行動力や、逆にホームレスに対する理解を一般観客から引き出すのが狙い。
住所: 26 Hanbury Street London E1 6QR
TEL: 020 7247 7747
Website: www.cardboardcitizens.org.uk
ブラジルの演出家アウグスト・ボアールが構築した演劇体系。同じ台本を2回にわたって異なる方式で演じるところに特徴がある。通常は重要な問題を含んだストーリーを持つ台本を、舞台俳優がまずは1回演じて見せる。次に同じ台本を元に同じ俳優が再び演じるのだが、この際に観客が劇を中断させながら、ストーリー上で問題を起こした俳優のセリフや行動を指摘し、それに応じて演技者は即興的に演技を変えながら問題解決を図るという仕組みになっている。



在留届は提出しましたか?

35歳、ニューカッスル出身
Illegal Sleep 2007 © Zarina Bhimji. DACS, London 2007
Shadows and Disturbances 2007 Courtesy of the artist and Haunch of Venison, London ©Zarina Bhimji. DACS, London 2007
壁に空いた穴をのぞくと、上の砂漠のような風景が広がる
AMNESIAC SHRINE or Double Coop Displacement, Matt's Gallery, 2006 ©Mike Nelson Courtesy the artist and Matt's Gallery, London.
Mirror Infill, 2006 Commissioned and produced by Frieze Projects ©Mike Nelson Courtesy the artist and Matt's Gallery, London
Sleeper 2004-5
State Britain, 2007 Installation view at Tate Britain ©Mark Wallinger Photo: Sam Drake, Tate Photography
There Will Be No Miracles Here 2006 Courtesy of the artist, doggerfisher and Haunch of Venison, London ©Nathan Coley . Photo: Photography: David Lambert & Rod Tidnam, Tate
Camouflage Church, 2006 ©Nathan Coley Courtesy doggerfisher and Haunch of Venison
左)Hope and Glory 2007 Courtesy of the artist, doggerfisher and Haunch of Venison, London ©Nathan Coley . Photo: Photography: David Lambert & Rod Tidnam, Tate


















F&Mと言えば紅茶にスイーツ。もはや英国みやげの代名詞とも言えるこれらの商品が一同に介するのがGround Floor。以前よりも空間に余裕を持たせ、整然とした配置になっているのが嬉しい。品格漂うダークグリーンの紅茶の定番パッケージが、現在は銀色をメインに、アクセントでブランド・カラーの青みがかったグリーン「Eau de Nil」を使ったニュー・デザインに。年末年始の、いつもとは一味違うおみやげにいかが!?
扉を開けるとまず出迎えてくれるのが、クリスマス・デコレーション。ツリーに馬車、サンタクロース。奇抜なものはないけれど、欧州でこの時期を過ごす喜びが感じられる、伝統的なクリスマスの姿がここにはある。色とりどりのマカロンでつくられたタワーや砂糖菓子のデコレーション・ケーキには子供も大喜び。
そして紅茶と並び、F&Mの主力商品とも言えるハンパー。300周年を迎える今年は特に種類が豊富。全部で38種類のハンパーが、恭しく鎮座している。別欄でご紹介している300周年記念の「The Tercenturian」(2万ポンドなり!)はもちろんのこと、「The Imperial」「The Winsor」など、商品名からして気品漂うハンパーの数々は、購入することはできなくても、見ているだけでもワクワクしてくる。



今回の改装で一番の変化を遂げたのがここ、地階。上から覗き込めば、彩りも鮮やかな野菜や果物が顔を出す。正面奥には高級感漂うデリカテッセンと、肉や魚、チーズのコーナーが。左手にはワイン・コーナー。その隣には創立年を冠したバー、1707ワイン・バーがあり、コーナーにあるどんな商品でも一律10ポンドの持ち込み料プラス小売価格で楽しむことができる。
毎年クリスマスが近付くと人々の話題となるのがF&Mのハンパー。日本で言うならば、年末年始の福袋?今年のハンパーは全部で38種類。その中でも驚きなのが、一つ2万ポンド(約474万円)の「究極」のハンパー、「Tercenturian」だ。3種類の異なるフルーツ・ケーキから成る3段重ねのケーキ、ジェロボーム社のシャンペン、300年記念シャンペン・トリュフ、カシミアのマフラーなどなどが入ったこのハンパー、注文するともれなくF&Mの専用馬車でご配達。包みを開ける前からスペシャルなひと時は始まっているのだ。
F&Mではその昔、すべての届け物を馬と馬車を使って行っていた。その伝統を継承し、F&Mでは今でも希望により馬と馬車を使った配達を行っている。そのお値段は受け取り人一人につきなんと1000ポンド(約23万6500円)! 下手したら買った商品よりも配達料の方がずっと高くつく、さすがの高級サービスだ。
チャールズ・ディケンズと言えば、「オリバー・ツイスト」や「クリスマス・キャロル」など、貧困層の人々の生活を臨場感あるタッチで描くことで知られる大文豪。そんなイメージからすると意外や意外、彼は高級感漂うF&Mの大ファンとしてとみに知られる人物だった。彼は世界的競馬大会、エプソン・ダービーについて、次のように述べている。「ほら、見てごらん。フォートナム・アンド・メイソンが見える。どのハンパーも悠々と広げられていて、芝生の上にはロブスター・サラダが咲き誇っているかのようだ」。ディケンズのほか、米国生まれ英国育ちの人気作家、ヘンリー・ジェイムズなども同様にF&Mのファンだったというから、当時から知的階級に愛される、気品漂うデパートだったのだろう。



伝説のジャズ・シンガー、エラ・フィッツジェラルドの生誕90年を祝い、数々のトリビュート・アルバムも発売されている今年。フェスティバルのオープニングとなるこの日は、国際的に活躍するアーティストが共演、それぞれが持つ「伝説」へのトリビュートを捧げる。今年はロンドン・ジャズ・フェスティバルも記念すべき15周年を迎え、「ダブルおめでた」が重なったことから、実に豪華なプログラムが実現した。参加アーティストは、英国のR&B界を代表する若き実力派歌手のジャメリア、そして「英国ジャズ界のファースト・レディー」と称されるシンガー、クレア・マーティン、3.5オクターブの美声を持つアーモンド・マカモントなど。
米国人トランペット奏者・作曲家のジョン・ハッセルは、エレクトロニクスを積極的に使うことにより「第4世界」と呼ばれる音楽スタイルを創り上げた、ワールド・ミュージック・シーンの立役者だ。米国のミニマリズムの流れを汲んだ、彼独特のハスキーでむせび泣くようなトランペットの音色、そして民族音楽風のパーカッション、さらに「Windows 95」の起動音を作曲したミュージシャン、ブライアン・イーノのシンセサイザーを加えた実験的なアルバムでは、環境音楽をメイン・ストリームに変えるという偉業を成し遂げた。東洋と西洋が溶け合った、音楽というよりも「アート」に近いハッセルの演奏を体験してみよう。
ジョン・ダンクワース 1927~
革新的な音楽性、そして他の追随を許さない演奏技術により、数々の名曲を生み出してきたピアニスト・作曲家のチック・コリア。ジャズを基本に、ボサノヴァ、ロック、クラシックなどの要素を取り入れた演奏が彼の持ち味だ。一方、「ザ・職人技」でバンジョーを自在に操る天才プレイヤー、べラ・フレックは、意外性と想像力で、この楽器の限定されたジャンルを解き放った先駆者である。1994年以降、何度か一緒にステージを踏んで来たこの各界を代表する2人が、 今年初めてデュオ・アルバムを完成させた。ラテン、ゴスペル、ブルーグラス、ジプシー音楽がミックスされたというこのアルバム、2人の超絶技にもだえよう。
チェット・ベイカー 1929~1988
カリブ音楽の発展に大きく貢献したジャマイカ出身の伝説的なギタリスト、アーネスト・ラングリンは、50年代後半にジャマイカで大流行した「スカ」の誕生を導いたキー・パーソンでもある。当時、アメリカン・ジャズの影響を受けたジャマイカのR&Bバンドでシャッフル・ギターを演奏していたアーネストは、ギターのカッティングに一呼吸の間を取り入れ、これがスカの独特のリズムにつながったという。レゲエとジャズを融合させることに成功した稀有なアーティストのライブでは、太陽をたくさん浴びた音に出会えるはず。
米国のサックス奏者・作曲家であるジョシュア・レッドマンは、世界を舞台に活躍するサックス奏者のデューイ・レッドマンを父に持つ、ジャズ界のサラブレッド。91年のデビュー以降、すでにチャーリー・へイデンやチック・コリアなど、数多くの大御所たちとの共演も果たし、現在は2つのバンド・リーダーとしても活躍している。プリンスからビートルズ、はたまたロック、ファンクからエレクトロニカまで、どんなジャンルでも自分色に染めてしまえる若き天才だ。一方、今年デビュー・アルバムを発売し、早くも「ブリティッシュ・ジャズ史上、最も重要なバンドの1つ」と称される若手バンド、エンピリカル。手に汗握るような疾走感、そして独創的なコンテンポラリー・ジャズには、観客もインスパイアされるはず。
英国の若手ジャズ・プレイヤーを発掘し世界に発信するインディペンデント・ジャズ・レーベル「Dune Music」の設立10周年を記念して、2部にわたって行われるコンサート。第1部では、ニューオリンズで活躍するトランペット奏者、アブラム・ウィルソンとロンドン・コミュニティー合唱団が「Roll Jordan Roll」を演奏する。この曲は、テネシー州で開放された奴隷たち11人が集まって結成した「フィスク・ジュビリー・シンガーズ」(コラム「ゴスペル」を参照)の物語を唄ったもの。第2部の「Tighten Up」では、カリブ海出身の先鋭ジャズマンたちが作曲家、ゲイリー・クロスビーにトリビュートを捧げる。豪華なスペシャル・ゲストを迎え、スカ、ブルー・ビート、レゲエが入り混じるスコアを演奏。このジャマイカン・スターたちの豪華共演は、じっと座っていられないほどエキサイティングなものになるはずだ。
もしソニー・ローリンズが存在しなかったならば、現在のジャズは一体どういうものになっていたのだろう。現在の「ジャズ」という音楽、そして演奏スタイルを確立した人物の1人であるサックス奏者のローリンズは、ジョン・コルトレーンやコールマン・ホーキンズと並んで「テナー・サックスの巨匠」と称される生ける伝説だ。40年代後半から、マイルズ・デイビスやマックス・ローチといった偉大なミュージシャンたちとレコーディグをしてきたローリンズが、このライブではビーボップやソウルフルなバラード、カリプソなどを演奏する。77歳になってもエネルギッシュなライブで観客を魅了するローリンズを、生で聴くことが出来る貴重なチャンスだ。
エラ・フィッツジェラルドの生誕90周年を記念したプログラムから始まったこのフェスティバルを締めくくるのは、同じくジャズ界の重鎮で、奇しくも今年生誕90周年を数えるセロニアス・モンクへのトリビュートだ。10日間にわたる熱狂的なジャズの宴のクロージングに相応しく、英サックス奏者、トニー・コフィが率いる7ピース・バンドが3セッション、約6時間というスケールで、モンクの作曲した全70ナンバーを演奏する。モンクが残した即興創作精神を受け継ぐコフィが、その日、その場でしか聴くことのできない魂の音楽を奏でてくれる。

シャーロック・ホームズが活躍する冒険譚は、1887年に発表された「緋色の研究」から1927年の「ショスコム荘」まで、40年にわたり60編(4つの長編と56の短編)が刊行されています。最初の2作「緋色の研究」と「四つの署名」を除く、58作すべてが月刊誌「ストランド・マガジン」に掲載されました。事件の舞台はヴィクトリア女王の大英帝国が最盛期を迎え、それゆえに社会のひずみが犯罪を生み出していた19世紀末。ホームズは1881年に出会った相棒のワトソン医師とともに、ロンドンのベイカー街221Bに拠点を構え、次々と事件を解決していきます。1891年に「最後の事件」で宿敵のモリアーティ教授と決闘して行方不明になりますが、3年後に「空家の冒険」で帰還。1903年に引退してからは、一度だけ第一次大戦前にドイツの諜報網と戦ったのを除き、サセックスの丘で養蜂をしながら暮らしています。
ホームズの生みの親、アーサー・コナン・ドイルは、1859年にエディンバラで生まれ、イエズス会系のストニハースト神学校からエディンバラ大学医学部に進みました。ここで出会ったジョゼフ・ベル博士がシャーロック・ホームズのモデルとなります。父親がアルコール依存症だったため家は貧しく、ドイルは捕鯨船やアフリカ航路の汽船に船医として乗り込んで家計を支えましたが、この時の体験が後の創作に役立ったのです。やがてポーツマスで開業、その傍ら、小説を書き始めます。ホームズが人気を博すと作家に専念するものの、歴史小説家を自認するドイルはホームズが煩わしくなり、決闘させて葬ってしまいます。しかし読者からの激しい抗議、そして出版社の説得によって、しぶしぶホームズを復活させました。ドイルの歴史小説「白衣の騎士団」や「勇将ジェラール」は忘れられ、皮肉にもシャーロック・ホームズやSF「失われた世界」(映画「ロストワールド」の原作)がいまだに読み継がれています。現実社会でもジョージ・エダルジ事件などで被疑者の冤罪を晴らすために、ホームズばりの推理で尽力。晩年は、第一次大戦で息子を失ってから心霊学に傾倒し、1930年に71歳で没しました。
オックスフォード・ペーパーバックスからは、本家英国の知識を結集した「詳注版シャーロック・ホームズ全集」が出ています。物語のすべてのキーワードに註釈がついており、例えば人名や地名が出てくれば、それが実在か架空か、実在ならその説明を、架空なら関連のある候補を、それぞれ詳述しています。またワインや食事が出てくれば、そのヴィンテージや料理法まで紹介されるという具合で、ホームズの世界を身近にリアルに体験することができます。
フランクリン・ ルーズベルト米国 大統領、トルーマ ン同大統領は熱心なシャーロキアンとして有名。SF作家のアイザック・アシモフは「黒後家蜘蛛の会」にシャーロキアンを登場させていますし、現パリ大司教は「ブラウン神父とホームズ」という論文を発表しています。さらに「ナルニア国物語」の作者C・S・ルイスもホームズを愛読していました。また喜劇王チャップリンの初舞台はロンドンで演じられた「シャーロック・ホームズ」です。





2. トレードマークの鹿撃帽とインヴァネス・ケイプの記述は原文にはありません。「ストランド・マガジン」誌に掲載された際に挿絵を描いたシドニー・パジットがつけ加えたものです。
5. 当時のベイカー街は85番地までしかありませんでした。ホームズが住んでいたとされる221番地が登場したのはベイカー街がアッパー・ベイカー街と一続きになった1930年のことです。






排気ガスを排出する車以外の交通手段をもっと利用してもらおうと、ニュー・フォレストでは電車で来た人に様々な特典を与えている。例えばゲストハウス「Rufus House」では、当日付けの最寄駅までの電車切符を受付で見せれば、宿泊費の1割を割引。他にもホテルでのマッサージや、カフェで紅茶1杯を無料で提供するなど、同地では電車利用者に対して様々な特別サービスを用意している。
ニュー・フォレストでは、80以上の宿泊施設が集まって「グリーン・リーフ・ツーリズム・スキーム」と呼ばれる環境プロジェクト・チームを結成。リサイクルの方法などに関する情報交換を行っている。
ニュー・フォレストでは電気自動車の普及にも力を入れている。市内で現在利用されているのは12台。今後はより多くのホテルに専用の充電所を設けることを検討中だという。また低排出ガス車をベースとしたバス交通網の整備や、自転車の貸し出しも行っている。
ニュー・フォレストでは、今では世界規模で流行している エコ運動にもう20年も前から取り組んでいます。ここでは観光が4億ポンド(約880億円)の収入をもたらす、地元最大の産業なんです。そしてだからこそ、観光客と住民、そして地元企業すべてが満足できるような環境政策の仕組みを考案 する必要があります。
ロンドンを始めとする英国内の多くの地域においては、近年までゴミの分別回収が行われていない場所がほとんどだった。英国では日本のようにゴミの焼却処理を行わず、ほとんどの場合がそのまま埋め立て処分となっているため。ただ最近になってロンドンではバーネット区、ハックニー区などそれぞれの行政区が独自にゴミのリサイクルを義務付けた取り決めを実施している。この動きに伴い、それぞれの区は異なる色のゴミ袋やゴミ箱の配布を始めたため、市民の間でもゴミ分別の習慣が浸透してきた。
忙しいパリジャンにとって車は生活必需品。パリでは車の交通量が年々増え続け、排気ガスによる公害が問題視されている。そこで現地では7月から、最初の30分は利用料が無料の自転車貸し出しサービス「Velib」がスタート。天気の良い日には、1日の利用者が10万人を超えるまでに定着した。さらに以前は1乗車1チケットだった路面電車の乗車切符が、乗車後1時間30分は有効となり、利用者は路面電車とバスを使った乗り継ぎ移動することが可能となった。
進行中のグルネル計画
3. コーヒー・タイムには、紙コップではなく、自分のマグカップを持参する。
話題の自転車貸し出しサービス「Velib」についてはもう皆さんご存知だと思います。私はまだ利用したことはありませんが、環境に優しくしかも人間にとっても健康的で、非常に良い企画だと思いませんか。私はパリ郊外に住んでいるのですが、この計画が上手く進み、パリ市内だけではなく郊外にもどんどん広がってくれればうれしいですね。
セーヌサンドニ

再生可能エネルギーの使用を全使用電力の50%とする低エネルギー住宅への改築を計画している場合には、市が最高8000ユーロ(約130万円)の補助金を出している。また暖房の補完などに太陽光発電設備を作る場合も助成される。
CO2の削減が重要な課題であるとして、同市議会はCO2排出量を1992年比で少なくとも30%削減する目標を決議。企業のみならず、家庭から出るCO2量の削減につなげようという「CO2ダイエット計画」を推進している。同プロジェクトは3段階に分かれており、まず①インターネットのサイト上で自分のデータを入力して排出量を算出。傾向を把握したうえで、②CO2削減策が提供され、③さらに気候保護プロジェクトへの参加や出資など、CO2排出量をゼロにもっていくような提言がなされる、という仕組みだ。
フライブルク市は1970年代に原発建設の構想が持ち上がり、 市民運動によって建設をストップさせたドイツで最初の自治体です。それゆえに環境に対する市民の意識は非常に高いのです。
永住権・市民権とは
それでは早速、問題にチャレンジしてみよう。ここでは英国の内務省ほかが発表している例題を掲載した。設問は本番と同じ24問で英語での出題、そして制限時間は45分。それでは、開始!
7. Who is the current heir to the throne?
15. Where is the Prime Minister's official home in London?
19. Which of these statements is correct?
本誌に連載中のコラム「
「裸のランチ」で知られるデービッド・クローネンバーグ監督の新作は、ヴィゴ・モーテンセン(ロード・オブ・ザ・リング)やナオミ・ワッツ(キング・コング)、ヴァンサン・カッセル(オーシャンズ13)らがロンドンの血生臭い闇社会に生きるロシア系マフィアを描く、犯罪スリラー作品。米ローリング・ストー ンズ誌の2005年のBest Filmトップ10で堂々の1位に輝いた前作「ヒストリー・オブ・バイオレンス」に続き、監督とヴィゴが再びタッグを組んでいる。先月行われたトロント映画祭では、最高賞にあたる観客賞を受賞した注目作だ。
米国のアフガニスタン侵攻をめぐり、3つのストーリーが絡み合う社会派映画。主要キャストのロバート・レッドフォード、メリル・ストリープ、トム・クルーズの3人は、計21回のオスカーのノミネートを受け、4回のオスカー受賞経験がある「ザ・ハリウッド」集団だ。
1940年前後、日本軍占領下の上海と香港が舞台となったこの作品は、今年度のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した注目のサスペンス・ドラマだ。総制作費40億円、しかも監督は「ブロークバック・マウンテン」でも同賞を受賞、さらにアカデミー賞監督賞も獲得したアン・リーとくれば、かなりのクオリティーが期待できる。
シンガー・ソングライターの神様的な存在、そして「時代の声」と称されたボブ・ディラン。詩人として、ノーベル文学賞にノミネートされたことすらある。才能の多彩さゆえに、カメレオンのように複数の人格を演じてきた、ドラマティックな人生──これは6人のキャストが1人の天才を描く、異色の作品だ。
長編デビュー作「Thank You for Smoking」で抜群の笑いのセンスを見せたジェイソン・ライトマン監督の新作は、10代の少女の妊娠騒動をめぐるブラック・コメディーだ。主人公のジューノ役を務めるのは、「X-MEN: ファイナル・ディシジョン」や「ハードキャンディ」で複雑な役柄を演じ、20歳ながらすでに10年近い演技歴と大物の貫禄を持つエレン・ペイジ。彼女の鮮烈な、そして良い具合に力の抜けた演技は一見の価値有り。
ベン・アフレックが初の監督に挑んだ意欲作。先月フランスでプレミア上映され好評を得たこの作品だが、5月にポルトガルで4歳の英国人、マデリン・マッカーンちゃんが宿泊先から姿を消した失踪事件と内容が酷似しているため、現在、予定されていた英国での公開が配給元の判断により中止されている。
西部開拓時代を生きた伝説の悪党、ジェシーが手下のロバート・フォードに暗殺されるまでの日々、そして彼の生き様とその裏側にある本当の姿を描く西部ドラマ。ブラッド・ピットがカリスマ的な極悪人を好演、ベネチア国際映画祭で主演男優賞を獲得している。
伝記映画「バスキア」で監督デビュー、2002年の「夜になるまえに」では、ベネチア国際映画祭で審査委員グランプリを受賞したジュリアン・シュナベール監督。彼女の新作は、実在したフランス人ジャーナリストの奇跡的な半生を映画化したもの。
オティリアを演じるアナマリア・マリンカは、英国アカデミー賞テレビ部門で主演女優賞を受賞したこともある、注目のルーマニア人女優。この映画で、ルーマニア作品は実に11年ぶりにカンヌ国際映画祭のコンペティションに選ばれ、パルムドール賞を受賞した。
ドキュメンタリーの面白さ、そして何よりも「映画で現状を変えることができる」ということを世界に再認識させたマイケル・ムーア監督。かなりゴリ押しでテイストが強いため、ドキュメンタリーとしては珍しく、そのスタイルにはっきり好き嫌いが分かれるのも事実。しかし、米国の銃社会の真実を追った「ボーリング・フォー・コロンバイン」、そしてイラク戦争に真っ向から反対した「華氏911」の公開後に世界各国の観客が見せた諸問題への危機感と関心の高さから、監督の確かな実力が伺える。全米の医療業界で「マイケル・ムーア対策マニュアル」なるものが制作されたという今回の作品も、米国での公開後、来年の大統領選候補者の多くが「公的健康保険の導入」を公約に掲げ始めたという影響力の強さを見せつけた。
「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」で世界中にコアなファン層を獲得したウェス・アンダーソン監督の新作。大学時代に監督とルームメイトだったというオーウェン・ウィルソンとは、これでコラボ4作目となる。メイン・キャストは他に、エイドリアン・ブロディ(戦場のピアニスト)、 そしてアンダーソン・シュワルツマン(マリー・アントワネット)といった、演技派だけど、かなりアクの強い面々。アンダーソン監督らしい、周りに馴染めない、ちょっと変な人間たちを皮肉を交えながらもコミカルに演じている。脚本はアンダーソン、シュワルツマン、ローマン・コッポラ(フランシス・F・コッポラの息子で、ソフィア・コッポラの兄。シュワルツマンは従兄弟にあたる)の共同執筆というから、それだけで期待大だ。
「暴力映画は撮らない」と宣言してしまったギャング映画専門の監督キタノ・タケシ。なんとか話題作を創ろうと、いろんなジャンルに手当たりしだい挑戦するが、どれもことごとく失敗に終わる。そんな時、開き直ったキタノの脳裏に閃いたのは……?監督の映画に対する愛を盛り込んだ、笑いと衝撃のエンターテインメント作品。
海外映画祭での受賞が相次ぐ映像作家、園子温が作り出す異様な世界と、髪フェチを演じる大杉漣の怪演に釘付けになること間違いなしの、パニック・ホラー映画。ある日、美容師を目指す優子が働く美容室に、奇妙な男がエクステを売りに来る。しかし、そのエクステを身につけた女性たちが、次々と怪死し始め……。
周防正行監督が「Shall We ダンス?」から10年ぶりに制作した待望の新作。フリーターの金子徹平は、朝の通勤ラッシュで混雑する電車に乗り、身に覚えのない痴漢容疑を掛けられる。誰も彼の言葉を信じてくれず有罪判決が下るが、金子は無実を証明するために戦い続ける。第80回アカデミー賞外国語映画部門にエントリーされたドラマ作品。
90年代初頭、とある田舎町・松ヶ根で警察官をしている光太郎は、退屈な町の生活にうんざりしていた。しかしある日、流れ者のカップル、みゆきと祐二が松ヶ根にやってきてから事態は一転する。何か訳ありらしい2人の出現をきっかけに、ひき逃げ、金塊騒動、ゆすり、床屋の娘の妊娠と、町の平和に波風が立ち始める。
「萌(もえ)の朱雀(すざく)」でカンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少で受賞した河瀬監督は、この作品で今年度の同映画祭にて、審査員特別賞を受賞した。軽度の認知症を患うしげきは、33年前に亡くなった妻の思い出と共に、奈良県の山間地で静かに暮らしている。新しく介護福祉士としてやってきた真千子と次第に心を開き合っていくが、ある日、2人は深い森に迷いこんでしまう。
前作「ピンポン」で独特な映像感覚を見せた曽利監督は、今回「3Dライブ・アニメーション」という世界最先端の技術で映像表現の限界に挑む。2077年、日本がハイテク技術を駆使して鎖国を強行してから10年が経つ。実情をさぐるため、米国特殊部隊のベクシルは日本に侵入するが、そこにあるのは荒涼とした大地だけだった……。全世界129カ国での公開も決定。
自閉性障害や知的障害を負う者が、数学や芸術などの分野で常人では考えられないような驚異的な才能を発揮する場合がある。サヴァン症候群と呼ばれるこの特異な能力を持って生まれた英国人男性による自伝「僕には数字が風景に見える」が今年6月に日本で出版されて以来、この不思議な現象に改めて注目が集まっているという。ハリウッド映画「レインマン」の主人公を彷彿とさせる著者は、イングランド南東部ケント州に住むダニエル・タメット氏。「英国のレインマン」と呼ばれる同氏が、電話インタビューに答えてくれた。
「数字は僕の友達です」と語るダニエルさんには、私達の目を通したものとは違った形で数字が見えている。例えば「37」は、「お米みたいにつぶつぶの形」をしている。「89」と聞けば、空からポツリと降ってきた小雪のような風景を思い浮かべるという。さらにはそれぞれの数字の性格まで把握しているというから驚きだ。「11」はフレンドリーだけど、「5」は何だかうるさい奴らしい。「最も好きな数字は、物静かで恥かしがり屋の『4』。シャイなところが、自分にそっくりだから」。ダニエルさんの口からは、おとぎ話の世界の住人を思わせる言葉が次々と飛び出してくる。
ダニエルさんも、このサヴァン症候群の例に当てはまるとされている。ただ映画の中の、首を斜めに傾げながら脈絡のない言葉を何度もせわしなく呟くように繰り返すあのレインマンを想像してしまうと、期待は大いに裏切られる。ダニエルさんは、まるで詩を朗読するかのようにゆっくりと優しく話すからだ。しかも想像力を喚起するような、美しい言葉を好んで使う。落ち着きのある低い声で、上品な英語を操りながら詩的な言葉を所々に挟み込んでいくから、彼の言葉そのものが詩の一節みたいなのだ。思わず聞き惚れてしまいそうになる。
ダニエルさんが映画版レインマンと異なるもう1つの点は、自分自身が何を考えて、そしてどう感じるかをきちんと第三者に説明できるということ。これはダニエルさんの自閉症状がごく軽度なものであるためなのだが、特異な能力を発揮するサヴァン症候群を抱える人間の中では非常に稀なケースだといわれ、医学研究機関から調査対象として引っ張りだこだという。「僕の場合は自閉症といっても軽度なので、ほとんど普通の生活を送ることができます。確かに、人が大勢集まるスーパーマーケットのような場所には気持ちが不安定になってしまうので行けないし、車の運転も絶対にできない。でも僕は自分がどういう環境を苦手とするかを知っていて、そういった場所を出来るだけ避けて毎日を過ごす方法を学んだので、特別な不便さはもう感じないのです。むしろ、いわゆる健常者でもなかなか実現できないような素晴らしい人生を送ることができていると思っています」。
ただ「誇り」を感じるまでには、長い道のりがあった。幼少期は、とにかく異常なほど泣いてばかりで家族を心配させた。そして4歳の時に、突然てんかん発作を起こす。ダニエルさんのご両親にとって初めての子供であったということと、今ほどてんかん発作についての予備知識がない時代の話。生命の危険についての心配はもちろん、周りの子供との明らかな違いに大いにうろたえた両親の間には、しばしば激しい口論が発生した。ダニエルさんは、隣の部屋から「ダークブルーな声」が聞こえると、地べたにしゃがみ込み頭を地面につけながら、両手で耳を塞いで時がただ過ぎるのを待ったという。
こうした社会活動を通して出会った人物の中で、ダニエルさんが特に印象に残っている人物がいる。ダスティン・ホフマンが演じたあのレインマンのモデルとなった、キム・ピークさんだ。米国のユタ州ソルト・レーク・シティ生まれのキムさんは、現在55歳。脳梁(のうりょう)欠損症と呼ばれる左右の大脳をつなぐ神経繊維が欠落した疾病ほか脳の各所に障害を負っている一方、1万2000冊もの本の内容を記憶しているという、まさに天才である。「英米のレインマンを会わせよう」というテレビのドキュメンタリー番組の企画によって、2人の会見が実現した。「彼との出会いは非常に印象深かったので、自伝の中でも1章をこのテーマだけに割きました。彼とは『通じ合う』という感覚を共有することができた気がするんです」。キムさんはきっと、ダニエルさんが1人で孤独に抱えてきた感情を、誰よりも理解していた。「彼は僕に、他人と違うことを恐れてはいけないって言っていたんです。そして私より重度の障害を抱えている彼が、様々な形で社会貢献をしようとしている姿を見て心を打たれました」。同じような孤独を感じた人間同士だったからこそ、理解し合える人を見つけた際の喜びもまた格別だったのだろう。
インタビューをする前から、どうしても聞きたかったことがある。幼い頃友人が全くいなかったダニエルさんにとって、数字は唯一彼を理解してくれる友達であったからこそ特別な意味を持っていた。それでは成人して社会的な役割を担えるようになった今の彼にとって、数字はどんな存在なのだろう。「正直、数字との関係については変化がありました。もはや私の一番大切な友達ではなくなった。きちんとした人間関係を結べるようになってから、実社会で築く関係性の方が大切であると考えるようになりました。でも、数字が私にとって今でも特別な意味を持っていることは確かです。そして私の大切な友達が住む世界と、数字に溢れたあの世界を両方持っていることこそ幸せであるとも思います。どちらかの世界を捨てなければいけない、ということはない。両方の世界を大切にしたい。いわば私は2つの国籍を持っているということでしょうか。私の友達、人間が住む国へのパスポートと、数字だらけの国へのパスポートを持った、二重国籍なんですよ」。最後まで、彼の言葉に酔いしれてしまった。






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