日本で放映されるテレビのバラエティ番組では、大物男性タレントが司会を務め、女子アナや若い女性タレントが進行を補佐するというのがいわば基本的な構図となっている。ところがどっこい、ここ英国では男性の力を借りずとも、女性1人で見事な仕切りを見せる司会者がゴロゴロいる。ということで、英国の各界で活躍する女性たちを特集する新企画「英国の女たち」シリーズ第1回のテーマでは、バラエ ティ司会者たちに焦点を当ててみました。
(本誌編集部: 長野雅俊)
63歳、リバプール出身
太縁の眼鏡、首回りの皺 、そして甲高い声。
まさに魔女として適役である

BBCの人気クイズ番組「The Weakest Link」の司会者。無表情な顔と声で、クイズの回答者を次々と罵倒していくスタイルを確立して支持を集めた。言葉の暴力で弱い者を痛めつけていく様は、まさに冷血動物そのもの。ただイジメの対象となる回答者の中には、そんな彼女の言葉責めを恍惚の表情で受け入れている者もいる。サゾとマゾが快楽を貪り合う様子を、全国のお茶の間に余すことなく伝えるBBCの懐の深さには頭が下がる。
元々はタブロイド紙の記者として才能を発揮。ダイアナ妃(当時)が摂食障害に陥っていることを暴いた敏腕記者だったという。だが王室の圧力に遭い担当を外され、やがてテレビに活動の場を移すようになった。
バツイチで、2度目の結婚も既に破綻している。アルコール中毒に陥った時期も長くあったようで、割と内面は脆いのかも。そういえば、回答者を苛めているときも声が裏返りそうになっていることがある。アン、無理しなくていいんだぞ。
35歳、グロスターシャー出身
2006年に「National Television Award」を
受賞したときにはさすがにニッコリ

つい最近までオーディション番組「X Factor(ITV)」の司会をやっていたのに、突然クビになった人。英国人の中には、2007年に行われたダイアナ元妃追悼コンサートでのテレビ放送の司会者として覚えている人も多い。
彼女の十八番は、不幸の種を撒き散らしそうなほどの深刻顔。「X Factor」では出場者の落選が告げられる段階になると、目いっぱい眉間に皺を寄せて唾を飲み込みながら判定の瞬間を待っていた。あまりに思い詰めた顔をするので、体のどこかが悪いのではないかと見ていて心配になったほどだ。
22歳でポップ音楽雑誌の編集長に就任した経歴を持つケイト。「X Factor」の司会をクビになり、随分と落ち込んでいるらしいとの噂がタブロイド紙から流れたが、私生活ではクラブ・ミュージックの大御所「Underworld」のメンバーとついに婚約を果たした。5月には出産を控え、今は休業中。どうか幸せになっておくれ。
32歳、ロンドン出身
化粧も薄め、等身大の美しさで
子供たちに人気のコニー・ハック

今年1月まで約10年にわたってBBCの子供番組「Blue Peter」の司会を務め、その前はFIVEの子供番組である「Milkshake」にも出演していた典型的な「お姉さん」キャラ。だがバングラデシュ出身の両親を持ち、ケンブリッジ大学で経済学の学位を取得した彼女は、英国移民が鏡とする「成り上がり」でもある。容姿が美しいために何度も男性誌のヌード写真撮影の依頼があったようだが、なんぼ積まれても頑なに拒んだという。子供番組の司会を長年務めるには、それなりの純潔を維持することが求められるってことなんだろう。
彼女がさらなる注目を浴びたのが、ロンドンで行われた北京オリンピックの聖火リレー。乱入者に聖火を奪われそうになった、そうあの人である。オリンピックの理想を高らかに語り、中国の人権問題についても懸念を示すなど社会派な面もチラホラ。子供とも大人とも語り合える、なかなか奥深い人間のようだ。
59歳、マンチェスター生まれ
ジュディの方が8歳年上。典型的な姉さん女房である

夫婦司会で有名なリチャード&ジュディの妻の方。独自のスタイルを前面に出しながらテンポよく仕切っていくのが英国のバラエティ番組司会の主流になっている中、旦那でもある男性司会者のリチャードを立てながら、間合いを計って進めていくところが彼女のセールスポイントとなろう。
2001年までITVで放映された「This Morning」で、爽やかな朝の顔として定着。同番組の終了後も、放映時間と放送局を変更して「Richard & Judy(Channel4)」を開始した。同番組の中で彼らがお勧めの本を紹介する「Book Club」は、国民的な人気コー ナーとなっている。
「This Morning」から合わせたら既に20年も夫婦司会で売ってきたこの2人も、2008年の夏でとりあえず番組を打ち切るのだそう。そう聞くと、この普通のおばさんの声と顔が何とも愛しくなってくるのだから、不思議だ。
27歳、ブライトン出身
ITV系で不定期に放送されているバラエティ番組
「Feel the Fear」。男女対抗形式で過酷な課題に
挑戦するという番組内容は、まさに打ってつけ

天真爛漫な笑顔と無防備とも言えるほどの人なつっこさで、老若男女から愛されるホリー。自立心旺盛で男勝りな女性が跋扈(ばっこ)するここ英国で、ここまで安心感を与えてくれる女性は貴重な存在だ。
彼女が現在の地位を確立したのは、2004年にITV系でスタートした土曜朝の子供番組「The Ministry of Mayhem」への出演あたりから。司会なのに自ら罰ゲームで頭からペンキを被ったり、泥まみれになったりして、共演する子供たち以上に無邪気にはしゃぐ様は清く美しかった。
街角で出会った素人の恋人探しを敢行する番組「Streetmate(ITV)」では、完璧なまでに優しいお世話役を務めた。その姿は親友のためなら自分の恋もあきらめる、そんなお人好しの女子学生さえ彷彿とさせたほど。
若い頃は「貧乳ウィラビー」と呼ばれて馬鹿にされ続けてきたという。ところが今年3月に最新シリーズが終了した、芸能人たちがフィギュア・スケートの演技を競い合う番組 「Dancing on Ice」では、胸のパックリ開いた衣装を着て登場し、「家族で見る番組としては刺激が強過ぎる」との苦情が発生。昔一緒に泥んこ遊びしていた幼馴染みが、久しぶりに会ったら急に大人びた女性に変貌していてびっくりした、そんなイメージだろうか。
実生活では、「The Ministry of Mayhem」の番組プロデューサーと昨年結婚している。こういうタイプって、意外と抜け目がない。
50歳、ロンドン出身
彼女の仕切りによって、英国人家庭の道徳観が
形成されているといっても過言ではない

自身の名前がそのまま番組名となった人生相談企画「Trisha Goddard(Five)」は、彼女の仕切りなくしては成り立たない。平日の朝っぱらから不倫、家庭内暴力、借金地獄と、世の中で思いつく限りの不幸を一般人がさらけ出していくこの番組。非常識な生活に感覚が麻痺し切っているゲストに対してギョロっと目をむいて詰問し、会場とお茶の間の「あんたらおかしいんじゃないの」という雰囲気作りをしていく手腕は見事だ。彼女に同調して溜め息をつく英国人を、これまで何度見たことか。
トリーシャの尋問に加えてDNA検査なりウソ発見器なりが気安く登場してくるので、警察の取り調べと比べても遜色ない。時たま泣き出す出演者に対して彼女が温かい言葉をかけているが、これなぞベテラン刑事が出す温かなカツどんを思わせる。
ロンドン東部ハックニー生まれのタンザニア育ち、若かりし頃はスチュワーデスとして働いていたというトリーシャ。司会業に転じた後に始めた、現在の番組の前身である「Trisha(ITV)」が大ヒットするも、契約をめぐって経営陣とトラブルが生じたためにこの番組から身を引いた。そして心理カウンセラーなどの共演者を何人か引き連れて、別局で「Trisha Goddard」を開始したのだ。ほぼ同じ番組形式で、しかも番組名をなぜかフルネームに格上げしている。
結婚は過去に3度経験。最初の夫は実は同性愛者だったことが後に判明し、2人目の夫には産後直後に浮気され離婚した。いや、あんたの人生もすごい。
40歳、ロンドン出身
3月中旬に放映されたBBCのチャリティ番組 「Sport Relief」
でも、ラジオ司会者のクリス・モイルス(写真左)への
熱烈な応援などで番組を盛り上げた

世界中の教育関係者から「低俗番組」との烙印を押される実験ドキュメンタリー 「Big Brother(Channel4)」の司会者。ただでさえ批判が絶えないこの番組にして、この人あり。サービス精神が旺盛なのだが、どうも頑張ろうとする気持ちが裏目に出てしまうことが多いようだ。
例えば番組観覧者からの暴言を煽ったとして、放送監視機関の調査対象になったことがある。水着が似合う出演者をインタビューする際に、なぜか自身も水着になっておばさんの肢体を見せつけた結果、視聴者から「醜い」と苦情が殺到した事件もあった。水着姿を披露してこの種の苦情を受ける女性司会者って、広い世界を見渡してもそんなに多くいないだろう。つまりは司会者としての行動をいつも逸脱しているのだ。日本で中年の女子アナが同じことをしたら、袋叩きにされるに違いない。
それでもめげずに己の司会業を貫き通す強い意志は、波乱万丈の人生によって培われてきた。若き頃は歌手を目指すもすぐに挫折し、パリの有名なキャバレーである「ムーラン・ルージュ」のオーディションに落ちたことも。ロンドンのクラブでホステスとして働き出したら、薬物中毒に陥り人生の階段を大転落。実は元彼の、英国が誇るギタリストであるエリック・クラプトンが彼女を懸命に支え、やがては現在手掛けるテレビ司会業に落ち着いたという。
「あなたは生き方が不器用なんだ」ってお客に言われていた、スナックのママを思い出す。
26歳、ロンドン出身
ライブの仕切りでも、座りながらの対談でも、
なんでもこなす万能型の司会者だ
毎週土曜日 16:00‐19:00

威圧感さえ覚えるカミソリのような鋭い目。どんな大物に対しても決して媚びない堂々とした態度。きっと、彼女にはスケバン刑事のような長いスカートとヨーヨーがよく似合う。
BBCで2005年まで放映されていた人気音楽番組「Top of the Pops」や、ラジオ番組「Fearne and Reggie’s Request Show(BBC Radio1)」での司会を始めとして、音楽系の番組への出演が印象強い。それはきっと、バンドマンたちを仕切るのが上手いからだろう。派手な衣装と突飛なメイクで着飾った複数の男たちに取り囲まれても、彼女は絶対に萎縮しない。それどころか、必ずしもおしゃべりが上手くない彼らロッカーたちと波長を合わせながらも、肝心なところはスパスパっと仕切っていく光景はあっぱれの一言。こういう風に男付き合いができる女性って、どんな場所でも重宝されるんだな。現在、テレビ番組のレギュラーは持っていないようだが、すぐに大役を任されることであろう。だって使い勝手がいいんだもの。
実生活においては、やっぱりロックないしポップ系の男性ミュージシャンとの交際歴が豊富。そういえば、ロックの祭典「ライブ8」のときには、オンエア中にロビー・ウィリアムズにも口説かれていた。ちなみに現在の彼氏は米国人のスケートボーダーだという。どうやらストリート系にも強いようだ。彼女の体全体に11個あるといわれるタトゥーが今、疼(うず)いている。



在留届は提出しましたか?



視覚に訴えるものは、心にも訴える──ビジュアルを重視した舞台デザインに定評のあるシアター・カンパニー「Fevered Sleep」による、「光」に焦点を当てた3、4歳向けの劇。この作品は、いうなればこれまでの作品群の「いいとこ取り」だ。生演奏の音楽に合わせて、美しい照明やちびっ子たちの想像をかきたてる舞台装置や演出が惜しみなく披露される。さあ、柔らかくって温かい、光で作られた空間に飛びこんでみよう。
1軒のレストランを舞台に、父親、息子、孫という親子3代にわたる男たちの物語を描いたダーク・コメディー。そしてこの物語が演じられるのは元ピザ屋という、なんともストーリーにぴったりの空間だ。自分のルーツは何なのか。自分は今、住んでいる場所に馴染んでいるのか。なぜ皆そんなに不安そうに生きているのか。なぜ、皆はじっとしていられずに移動し続けるのか……。笑いの裏に潜む、現代社会に生きる男たちの生の声と疑問に耳を傾けよう。
デジタル映像が織り成すバーチャル世界で、官能的に、グロテスクに、非現実的な突然変異を繰り返す1人の人間。ダンスとインスタレーションが見事に溶け合ったこの作品は、ダンス・カンパニー「Chunky Monkey」と、ビデオ・トラッキング・システムの開発者とのコラボレーションによって実現した。体の動きを光や模様に変えるシステムの手にかかれば、ダンサーは瞬く間に異生物に変身。幻覚を見ているような錯覚さえ起こすこの視覚効果に備わった、現実世界からの束縛を解く力を体験しよう。
アンドリュー・デイビス(写真)による指揮のもと、フィルハーモニア管弦楽団が死、誕生、愛、そして救いという普遍のテーマを音に託し、人間であるがゆえの疑問を考察する。演目はエレクトロ・アコースティックな作品を多く発表する前衛的な作曲家、ジョナサン・ハーヴィーの「Tranquil Abiding」と、死者へ向けた哀歌と復活をテーマにしたマーラーの交響曲第2番 「Resurrection Symphony」。
約70年前ブライトン・ドームでは、1936にも及ぶ手作りのパイプから成るパイプオルガンが目玉であった。そしてそれを再現しようと考えたのが、ベルリン出身のロバート・リポックだ。エレクトロニカの第一人者として活躍する彼は、なんと3000ものパイプを使用したオルガンに挑戦。さらに、 オーストラリアで前衛的な音楽を発信するトリオ「The Necks」も参加、リポックと共にオルガンで「まさか」の冒険に出る。
フランス人劇作家のカロン・ド・ボーマルシェによる風刺的な戯曲にモーツァルトが作曲したオペラ「フィガロの結婚」を、クラシカルな作品を大胆に改作することで有名な「アルモニコ・コンソート」が上演する。封建貴族に仕える家臣フィガロの結婚式をめぐる事件を描く、というのがオリジナルのストーリー。貴族を痛烈に批判したスキャンダラスな内容のため、当時は上演禁止になることも度々あったというこの物語が、今回は舞台が18世紀から1950年代に移されて展開するという。
フェスティバルの初日を飾るのは、英国の小学校70校と地域コミュニティーたちがそれぞれ1年間かけて計画したという、キッズが主役のパレード。今年で開催18年目を迎えるこの行進では、毎年4000人もの子どもや保護者たちが参加し、思い思いのクリエイティビティーを発揮している。
英国のデジタルアート・グループ「ブラスト・セオリー」による、観客に現実とバーチャル世界で同時進行するゲームに参加してもらうという、一風変わったパフォーマンス。モバイル機能を使用したハイテクなワイヤレス・ゲームを、なんと自転車で町を走りながら体験できるという。自慢の愛チャリを持参するも良し、会場で借りるも良し、ゲーム機とヘッドセットを着用したら、それが物語の幕開けだ。



正式にはNational Identity Management Systemと呼ばれる、通称「IDカード計画」。従来の身分証明書とは違い、個人情報を電子化しコンピューターに登録、政府が管理するシステムと連結させるというもの。NIRには住所氏名はもちろん、警察との接触歴など50カテゴリーもの個人データが保存され、常にアップデートされる。カードには指紋・顔写真などの生体認証が付けられ、身元確認とともに、NIRに保管されている個人データの照会が可能に。建物の出入りや交通機関の利用など、生活のあらゆる場面で対応スキャナーが導入され、エントリー記録がデータベースに保管されることも考えられる。NIRはさらに、内務省に許可された外部機関とのデータシェアが認められており、運転記録や診察記録といった他データへのアクセスも、当人の許可なしで行うことが可能になる。
最低限のコストとして、政府は5.8兆ポンド(約1300兆円)を算出。一方、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)が出した見積もり額は、それを遥かに上回る28兆ポンド(約5300兆円)であった。これはカード解析ソフトに対応するコンピューター・システムを、政府の各部署に導入するコストを見据えた結果だ。結果的に加算される税金は、現在、国民一人当たり200ポンドと見積もられている。
英国の人口は約6000万人。この莫大な人数からデータを収集するのは並大抵ではない。まずは登録を促すシステムと、登録所の確保が必要だ。そこで、アイデンティティ・アンド・パスポート・サービスの管轄下、身元偽造を防止する目的で、パスポート申請の際に質問と指紋採取などを行う、通称「Interrogation Centre」の設置が開始された。イングランド東部に位置する街、ノーウィッチを皮切りに全国69カ所に設置予定で、運転免許証を取得する場合にも同じようなシステムを導入することが検討されている。
ガタカ(1997年)
ドラマ「The Last Enemy」
プロフィール 





Mottisfont Abbey
Nymans Garden


Montacute House




英国ナショナル・トラスト(The National Trust)は、1895年に設立された民間のチャリティー組織です。イングランド、ウェールズ、北アイルランドに270平方キロを超える美しい田園地帯と、960キロもの長さを誇る、自然のありのままの姿を残す海岸線、300カ所以上の歴史的建造物と230以上の庭園といったプロパティ(保存地)を保有・公開しています。これらはすべて会員や市民の手によるボランティアによって守られています。
ティー・ルームと並んで、ナショナル・トラストの大きなプロパティには必ずショップがあります。店内には、その地方独自の工芸品や、ファームの羊毛で作ったピクニック用のカーペット、センスの良いナショナル・トラストのブランド製品などが並んでいます。それらの商品はどれも観光地の定番土産品とは全く一線を画するもの。その証拠に、地元の人々はバースデーやクリスマスのプレゼントとして、ナショナル・トラストの商品を選ぶ光景がよく見られます。
英国ナショナル・トラスト日本人会とは













味、ボリューム、店の雰囲気。どれをとっても大満足のベジタリアン・レストラン
ティー・タイムもお薦めな、ブライトン生まれのベジタリアン・レストラン
海辺の街で本格的なシーフードを味わいたいならここ!
動物皮革不使用が自慢のシューズ・ ショップ。値段も50~80ポンドとお手頃
まずはここで情報収集を。電話でブライトン行きの格安列車チケットも購入可能。







赤タスキが目印、シャンパンの 代名詞
藤田嗣治が設計のかわいらしいチャペル
ドンペリで有名なモエ・シャンドン社
フランス最高職人のチョコ!

中央には温泉水を飲める噴泉がふたつあり、旅行者や地元っ子を癒す憩いの場となっている。コップを忘れたので手ですくって飲もうとしたが、水温はなんと52.8度。かなり熱いので、すくうのにひと苦労である。1ユーロ払えば、同じ建物内にある観光案内所でコップを入手出来ると聞いたので行ってみると、残念ながら売り切れとのことだった。
エリーゼンブルンネン
創業1890年の老舗カフェ。さまざまな形のプリンテンが楽しめる

ドイツで初めて世界遺産に登録された大聖堂
グラヌス(Granus)


The Beatles ビートルズ 


White Riot (1977)

04年には約20年の時を経てDVD化された。ダイアナ妃(当時)やフレディ・マーキュリーなど、今はなき人々の姿も記録されている




スミス京子
エスペン・クルカグ 
異なる試験にはそれぞれの傾向と対策があるが、どの試験を受けるにしても共通して覚えておきたい大事なことがある。この点について、ロンドンの語学学校 「ブルームズベリー・イン ターナショナル」のイアンウィッチ・ビンセント校長からのアドバイスを伺った。

16世紀後半から17世紀を生きた戦国大名。征夷大将軍として江戸幕府を開いた。関ヶ原の戦いを制して天下を取り、その後は武家諸法度、禁中並公家諸法度を制定するなどして国の制度を改め、天下統一を成し遂げた。後に264年にわたる「太平の世」と呼ばれる時代を築いた武将として歴史に名を残している。1616年没。
作家・劇作家。本名は平岡公威。東京帝国大学法学部卒業後、大蔵省銀行局を9カ月で退職し作家としての道を歩み出す。「仮面の告白」「金閣寺」「豊饒の海」など数々の名作を残し、ノーベル文学賞候補にもしばしば名が挙がった。過激な行動でも知られ、「楯の会」と呼ばれる武装組織を結成。1970年に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて割腹自殺を遂げる。
小説家、英文学者。「吾輩は猫である」「坊ちゃん」「倫敦塔」などの現代でも読み継がれる作品の執筆とともに、「私の個人主義」などに代表される講演活動などを通して19世紀後半に活躍した。また彼の自宅で開かれた「木曜会」からは、芥川龍之介や阿部次郎などの文化人が生まれている。1900年には英文学研究を目的にロンドンへ留学。1916年没。
映画監督。1943年に「姿三四郎」で監督デビュー。「羅生門」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。ほかに「用心棒」「七人の侍」「八月の狂詩曲」などの作品を世に送り出して世界の脚光を浴びた。ジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグといったハリウッド界の関係者からも尊敬を集め、「世界のクロサワ」と呼ばれる。1998年に死去した。
明治時代の天皇。父の孝明天皇の崩御に伴い14歳で天皇に即位する。江戸幕府第15代将軍の徳川慶喜より大政奉還を受け、王政復古の大号令をもって天皇親政を開始。版籍奉還や廃藩置県といった明治維新と呼ばれる当時の日本の大改革を見守り、その後も日清戦争、日露戦争と続いた激動の時代を生きた。乗馬と和歌を愛する教養人としても知られた。1912年没。
戦国時代を生きた大名。桶狭間の戦いや長篠の戦いで勝利を収めて、天下統一の下地を整えた。比叡山延暦寺の焼き討ちなどの過激な政策で恐れられる一方で、キリスト教を保護したり、楽市・楽座などの全国的な経済政策を施行したりするなどの試みが評価されている。家臣の明智光秀に謀反を起こされ、1582年に本能寺で自害した。
武士、水墨画家、工芸家。江戸時代初期に「二天一流」と名付けられた二刀流などを含む独自の兵法を完成させた。佐々木小次郎との決闘が行われた「巌流島の戦い」のエピソードは有名で、歌舞伎や浄瑠璃、小説などの世界でも繰り返し描かれてきた。彼が著した兵法書である「五輪書」は現代でも愛読されている。1645年没。
軍人、政治家。戊辰戦争の指揮、そして勝海舟と共に江戸城の無血開城を実現させるなど明治維新において大きな役割を果たした。以後は参議として新政府に入るも、大久保利通らと政治的な対立を起こし下野。西南戦争の指導者となるが、この戦争に敗れて1877年に自害を遂げる。東京の上野恩賜公園にある、犬を連れた銅像が有名。
お笑いタレント、映画監督、俳優。浅草フランス座のエレベーター・ボーイとして働いた後に、お笑いコンビ「ツービート」を結成して1980年代の漫才ブームを席巻。1997年「HANA-BI」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど、近年では映画監督としても活躍し、文化人として認知される。東京都足立区出身。61歳。
元首相。郵政大臣、厚生大臣、農林水産大臣を歴任し、2001年に内閣総理大臣に就任。「聖域なき構造改革」をスローガンに、郵政民営化を推し進めるなどの強力なリーダーシップを発揮した。そのほか、金正日書記との初の日朝首脳会談や靖国神社参拝を行うなどして話題に。マスコミを巻き込む政治劇は「小泉劇場」と表現された。神奈川県横須賀市出身。66歳。
お笑いコンビ「ダウンタウン」の芸人。吉本興業所属。漫才やコント、フリートークなど幅広いジャンルで活躍する。1984年にABCお笑い新人グランプリ受賞。エッセイ集「遺書」で250万部の売上を記録し、1994年度の高額納税者番付1位に。2007年には「大日本人」で映画監督デビューし、カンヌ国際映画祭に出展した。兵庫県尼崎市出身。44歳。
作家。1979年のデビュー作「風の歌を聴け」で群像新人文学賞受賞。1987年に発表した「ノルウェイの森」が計780万部を超す大ベストセラーとなり、「ハルキスト」と呼ばれる熱烈なファンを生んだ。2006年にはフランツ・カフカ賞受賞。長編小説、短編小説、随筆、ノンフィクション、翻訳と多彩な分野で才能を発揮する。京都府京都市出身。59歳。
ジャニーズ事務所所属のアイドル・グループ。1991年にデビュー。中居正広、木村拓哉(写真)、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の5人のメンバーで構成され、ドラマ、テレビCM、歌番組、バラエティ番組など日本の様々なメディアに登場し、一世を風靡している。2003年に発表した「世界に一つだけの花」はCD売上250万枚を超えるヒットとなった。
シンガーソングライター。「ヒッキー」との愛称で親しまれる。15歳で本格的な音楽活動を開始。1999年に発売された1stアルバム「First Love」が800万枚以上の売上となり、国内アルバム史上売上1位となる。2004年に全米デビュー、2005年には全英デビューを飾った。作詞作曲に加え、近年では編曲も手掛ける。米国ニューヨーク出身。25歳。
サッカー選手。スコットランド・プレミア・リーグの強豪、セルティックFCに所属。フリーキックの名手として知られる。2000年JリーグMVP。2002年日韓W杯本大会の代表メンバー落選を経験し、2005年よりセルティックFCに移籍。2007年にはサッカー記者協会とプロ選手協会の両方から年間最優秀選手として表彰された。神奈川県横浜市出身。29歳。
元サッカー日本代表選手。1995年にJリーグのベルマーレ平塚に入団。1998年イタリア・セリエAのペルージャに移籍。ASローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナと渡り歩き、2005年よりイングランド・プレミア・リーグのボルトン・ワンダラーズに所属。2006年に引退。ワールド・カップ3 大会連続出場。山梨県甲府市出身。31歳。
「なんか」
「もったいない」
「やばい」
「微妙」
「不可能」
「呆れる」
「特別」
「勇気」
「応援団」
「我輩」
「あぶない!」
「ギリギリ」
「心」
「めちゃくちゃ」
「頑張って」
「あいまい」

とある劇場の舞台上。老弁護士キップスが、若い俳優相手につたない口調で自らの経験を語っている。キップスは若い頃、誰にも語ることのできない恐怖の体験をし、それ故に悪夢に悩まされる日々を送っていた。彼は家族らにすべてを語ることで、そんな記憶から解放されようと決意する。その練習を行うため、若い俳優を雇ったのだが、話のあまりの長さとキップスの語りのつたなさに、俳優はある提案をする。俳優が若き日のキップス(ヤング・キップス)を演じ、その時にキップスが出会った人々をキップスが演じるという舞台の形で、この話を語ろうというのだ。かくしてキップスの恐怖の体験が上演されることになった……。
「この籠だからこそ想像できる馬車や列車がある。400以上の机や汽車や馬車が、お客様それぞれには見えていると思うんです。それはどんなに精緻につくられたハリウッドのCGにも負けていないと思うんですね。そのお客様が頭に描かれたものは、たぶん現実の何よりも豊かなんです。その豊かさ故に、自分自身の今の状況すら浮き彫りしてくれるキャパシティをも持ち得るんでしょうし、そこがお芝居の原点に肉薄しているような感もあって、やる度に楽しいのもそのためなんでしょう」。
役者として20年のキャリアを誇る上川。その間、演じた役は実に幅広い。時代劇では華麗な殺陣を披露、シリアスな社会ドラマでは世の中の矛盾と戦う役を真摯に演じ、コメディ・ドラマではゲイの役も飄々とこなす。あらゆる役柄を自然に演じきる上川の演技力に、役者としての力量を見ると同時に、彼の作品選びの基準とは何なのか、役者上川隆也としてのこだわりとは何なのかを問いたくなってくる。
もともとは、クリスマスにゴースト・ストーリーを上演しようと考えたのがきっかけでした。新作でも小説の戯曲化でも良かったのですが、予算が1000ポンドしかなかったんです(笑)。スティーブン(・マラトレット。脚色担当)が持ってきたこの小説は素晴らしかったけれど、何と言ってもこの低予算で抑えるには登場人物が多すぎた(笑)。そこでスーザン(・ヒル。原作者)に戯曲化の了承を得た後、登場人物を2人にまで削ることにしたんです。


























