イングランド、スコットランド、北アイルランドと並び、ユナイティッド・キングダムを構成するウェールズは、独特のダイナミックな大自然とケルト神話などに代表される神秘的な伝統文化を誇る国。そんなウェールズの魅力を伝えるべく、ダイジェスト版ウェールズ・ガイドをお届けします。自然溢れる「世界で最も美しい場所」ウェールズを目指して、旅に出てみては。
独自の文化を守り続けた土地
ウェールズの歴史
ウェールズの歴史は長い。ウェールズ人の祖先であるケルト人は、遥か紀元前5世紀頃に鉄器文化を伴ってブリテン島に渡ってきたという。自然を信仰の対象としたケルト人は、ブリテン島全域で暮らし、音楽・詩など芸術をこよなく愛したと言われている。
紀元前100年ごろから、大ローマ帝国軍のブリテン島への遠征が始まり、まもなくブリテン島はローマ人の支配下に置かれたが、大陸でのゴート人との戦いが激しさを増した結果、ローマ軍はブリテン島から引き上げることになった。そしてその後の5世紀半頃からアングロ・サクソン人によるブリテン島攻略が始まったのだ。あの伝説のアーサー王が活躍したのはこの頃。 瀕死のアーサー王が「いつの日か、必ず戻ってくる」という言葉を残して湖に消えていったという言い伝えをウェールズの人々は今でも信じているという。
7世紀に入ると、ほぼ現在のウェールズの位置までケルト人は追いやられ、アングロ・サクソンとは異なる独自の文化を形成していくことになった。しかし11世紀のノルマン人侵略、ウェールズ最後の王子スウェリン・アップ・グリフィスの戦死を経た1284年、時のイングランド王エドワード1世によって、ウェールズはイングランドの支配下に置かれることになった。1485年、ウェールズ人のヘンリー・チューダー伯爵がイングラドの王位に就くと、一層イングランドとの一体化が進んでいき、1536年には法律・経済面でも統合され、英語が公用語となった。さらには 「Welsh Not」というウェールズ語禁止運動が拡がり、ウェールズ語を理解する人口が徐々に減っていったという。
ウェールズ語の教育が再開され、公用語として認められるようになったのはほんの39年前の1967年のこと。最近では、ウェールズ語の保存運動が盛んになり、徐々にウェールズ語を話せる人が増えてきているという。
差別と偏見により失われかけていたケルト文化の復興と発展は現在も続けられている。ウェールズの新たな時代の幕開けは始まったばかりだ。
ウェールズ基礎知識
| 国名 | ウェールズ、ウェールズ語では、Cymru(カムリ) | ![]() |
|---|---|---|
| 首都 | カーディフ | |
| 公用語 | 英語、ウェールズ語 | |
| 面積 | 2万720平方キロメートル | |
| 人口 | 290万3085人(2001年調べ) | |
| 国歌 | Hen Wlad Fy Nhadau(Land of My Fathers) | |
| 国花 | ラッパ水仙 | |
ウェールズ? カムリ?
2つの名の由来
現在ウェールズは、英語でウェールズ、ウェールズ語でカムリと呼ばれているが、この2つの言葉の語源を辿ってゆくと、興味深い事実に行き着く。これらは、それぞれ背反する意味を持つ2つの言葉に由来するのだ。
5世紀頃、ローマ人に代わってアングロ・サクソン人がブリテン島での勢力を伸ばし始めたが、彼らはもともとケルト民族が生活していた土地をも侵略した。ケルト人に残された道は、彼らの奴隷となるか、さもなければ北部や西方へ逃げることだったのだが、現在のウェールズにあたる西の山岳地帯に移動したケルト民族は、逃げ延びた先でいくつかの国を築いた。これが現在のウェールズの基盤となっている。
この時、ケルト人たちは自分たちのことを、「仲間」を意味するカムリ(Cymry)と呼んだ。しかしアングロ・サクソン人たちは、西の山岳地帯に逃げ延び反撃に出た彼らのことを、当時の彼らの言葉で「外国人」を意味するウェリース(Weleas)と呼んだのだ。
この時築かれた国はその後発展し、英語ではウェリースに由来すると思われるウェールズ、そしてウェールズ語ではカムリと呼ばれるようになったという。
ウェールズのおみやげ

ウェールズ人は海苔を食べる?!
ウェールズの海苔、ラバブレッド
ウェールズの伝統食を語る時に必ず挙げられるのが、ラバブレッド。ラバとは、ウェールズ海岸の岩場で採れる海苔のこと。特に南ウェールズ、スウォンジーの西岸で採れるものが有名だが、日本の海苔に比べると、少しドロドロしている。ウェールズでは、これをそのままトーストに塗ったり、バターで炒めレモンを絞って食べたり、フライしベーコンと合わせたり、ハンバーグに練りこんだりと様々な料理に利用されているとか。ビタミンやミネラルが豊富なラバブレッドは、健康食としても注目を集めている。
愛する人の幸運を願って
ロマンチックなラブ・スプーン
ウェールズのおみやげ品の中でもダントツの人気を誇るというラブ・スプーンは、木彫りのスプーンに、ハートや鍵などのモチーフが施されたもの。17世紀頃のウェールズでは、婚約指輪の代わりにスプーンを送る習慣があり、男性は大切な女性を思いながらスプーンを彫り、それに愛を託したそう。あなたも意中のあの人にラブ・スプーンでプロポーズしてみては? ラバブレッドやラブ・スプーンは、ウェールズに行かずして、ウェールズの特産品を入手できる便利なサイト「ウェールズ・ダイレクト」で販売中。www.wales-direct.com
あいさつだけでもマスターしたい
ドラゴン先生のウェールズ語講座
Coeso i Cymru(ウェールズへようこそ)! ウェールズ語と聞いて、「英語の方言のようなもの?」と思う人も多いはずじゃ。だが、ウェールズ語は、インド・ヨーロッパ語族ケルト語派の中で現在も生き残っている数少ない言語で、英語とは全く違う言葉なのじゃよ。
ウェールズに入った途端、至る所でウェールズ語の標識・看板を見かけるようになる上、ウェールズの公式資料はすべて英語・ウェールズ語表記だが、残念なことに実際にウェールズ語を話せるウェールズ人は人口のわずか20%ととも言われているのじゃ。
最近は、ウェールズ語の保存運動が盛んになってきたお陰で、若い者でもウェールズ語を習得しようとするようになってきたのはうれしいのう。ウェールズ語を習いたいという者は外国人でも大歓迎じゃよ。簡単なあいさつなどを表にまとめてみたので、ウェールズに来る際には、是非覚えてきておくれ。Pob Lwc(グッド・ラック)!
| ウェールズ語 | 読み方 | 日本語 |
| Bore da | ボーレー・ダー | おはようございます |
| Prynhawn da | プラーンホウン・ダー | こんにちは |
| Noswaith dda | ノスワイス・サー | こんばんは |
| Nos da | ノス・ダー | おやすみなさい |
| Wela i chi | ウェラー・イー・ヘー | またね |
| Hwyl fawr | フエイル・ヴォウラー | さようなら |
| Diolch | デーオルカー | ありがとう |
| oes | オイス | はい |
| nac oes | ナッグ・オイス | いいえ |
* カタカナ表記には制限がありますので、実際の発音とは多少異なります。
ウェールズの町でケルト文化を満喫
堂々たるウェールズの首都
カーディフ
Cardiff / Caerdydd
カーディフが名実共にウェールズの首都となったのは、ウェールズに独立した議会が設置された1998年のこと。「市」となってからもまだおよそ100年ほどという、ヨーロッパで最も若い首都だ。もともとは産業革命時に、石炭や鉄を集積する港として栄えた町だが、現在ではカーディフ湾に面したお洒落なウォーター・フロントが建設されたりと様々な変化の波に乗っている。EU諸国から毎年選ばれる「ヨーロッパ文化首都2008」候補地ともなり、これからの益々の発展が期待できる都市。
ロンドンからの行き方
列車:Paddington駅からCardiff Central 駅までおよそ2時間。
カーディフ観光局:www.visitcardiff.info
ここがみどころ
カーディフ城 Cardiff Castle
カーディフの真ん中にそびえる古城。ローマ人やノルマン人が要塞として使用したという歴史ある城だが、17世紀以降は廃墟と化していた。1766年に石炭の輸出で財を成したビュート公爵家が購入し、現在の形に復元された。建物内部は悪趣味なまでに豪華絢爛だが、庭にはクジャクやアヒルが戯れ、のどかな雰囲気を醸し出している。
| 時間 | 9:30~17:00(3~10月) 9:30~16:00(11~2月) |
|---|---|
| 閉館 | 12月25-26日、1月1日 |
| 住所 | Castle Street, Cardiff, CF10 3RB |
| TEL | 029 2087 8100 |
| WEB | www.cardiffcastle.com |
テーマパークの元祖
ポートメーリオン
Portmeirion / Penrhyndeudraeth
海岸沿いに建ち並んだパステル・カラーのカラフルな家、「ピアッツァ」と呼ばれる村の広場、ウェールズに突如として現れたイタリアの町のようなポートメーリオンはユニークな趣向の村だ。
ウェールズ北部スノードニアの南に位置する原野に、ウェールズ出身の建築家クラス・ウィリアム・エリス(1883-1978)が、「自然の美しさを損なうことなく開発を行う」という試みを挑んだのは1925年のこと。見捨てられていたこの土地を5000ポンドで購入したクラスは、見事なイタリア風の街並みを再現した。
この村に入るとまずは、レストラン兼ホテルとして改装さ れたビクトリア朝時代の豪邸「Castell Deudraeth」が堂々と迎えてくれる。村を囲むおよそ70エーカーの異国情緒あふれる庭園は素晴らしいの一言。
ロンドンからの行き方
列車: Euston駅からBangor駅までおよそ4時間。
Bangor駅からはタクシーで約45分。
| 時間 | 9:30~17:30 |
| 住所 | Gwynedd LL48 6ET |
| TEL | 01766 770 000 |
| WEB | www.portmeirion-village.com |
自然豊かなビーチの宝庫
アングルシー島
Isle of Anglesey / Ynys Mon
カーディフが名実共にウェールズの首都となったのは、ウェールズに独立した議会が設置された1998年のこと。「市」となってからもまだおよそ100年ほどという、ヨーロッパで最も若い首都だ。もともとは産業革命時に、石炭や鉄を集積する港として栄えた町だが、現在ではカーディフ湾に面したお洒落なウォーター・フロントが建設されたりと様々な変化の波に乗っている。EU諸国から毎年選ばれる「ヨーロッパ文化首都2008」候補地ともなり、これからの益々の発展が期待できる都市。
ロンドンからの行き方
列車:Euston駅からBangor駅までおよそ4時間。
Bangorから島まで列車が出ている
アングルシー島観光局:www.islandofchoice.com
島内ではHolyheadとLlanfairpwllにツーリスト・インフォメーション・センターがあります。
ここが見どころ
ボーマリス城 Beaumaris Castle
エドワード1世が1295年に着工したが、途中で資金が底をついて工事が中止されたという未完の城。しかしながら、完全な左右対称のバランスや城壁の中に城壁があるという珍しい構造上、建築の観点から言って「最も完全な城」と称されることもある。世界遺産指定。
| 時間 | ウェブサイトでご確認ください |
|---|---|
| 閉館 | 12月24、25,26日、1月1日 |
| 住所 | Beaumaris, LL58 8AP |
| TEL | 01248 810 361 |
| Web | http://cadw.gov.wales/daysout/beaumaris-castle/?lang=en |
世界一長い名前の駅
通称Llanfair(スランバイル)
Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch
なんとこのアルファベットの羅列が駅名!あまりにも長すぎるので、通常は「Llanfair(スランバイル)」などと省略されていると言うが、駅にはちゃんと長々とした正式名の看板がかけられている。ただ長いだけではなく、ちゃんと、「激しい渦と赤い洞窟のそばの聖ティシリオ教会と白いハシバミの谷間にある聖マリア教会」という意味があるとか。
www.llanfairpwllgwyngyllgogerychwy
rndrobwllllantysiliogogogoch.co.uk
www.llanfair.wales.com
ウェールズの自然に触れる
英国の「グレート・アウトドアーズ」として愛されるウェールズは、野生美溢れる国立公園から、1200キロを超える海岸線まで、変化に富んだ地形に恵まれた自然の宝庫だ。北にはスノードニア国立公園、南には牧歌的なブレコン・ビーコンズ国立公園。そのほか緑濃く静かな谷間、中部の湖、海岸線にあるペンブロークシャー・コースト国立公園など、どれをとっても多彩な景観が広がっている。
広大な自然に癒しを求めて
スノードニア国立公園
Snowdonia National Park
Parc Cenedlaethol Eryri
標高1085メートルのウェールズで最も高い山(!)スノードン山を中心とした山岳地帯一体に広がる国立公園。敷地も広大ながら、険しい山々、長い砂浜、優美な湖、清らかな川などその多彩な自然美に息を呑むこと間違いなし。
荘厳な中世の古城、子供が楽しめる蒸気機関車、ファームなどのアトラクション、カヤック、急流下りなどスリル満点のスポーツなどアクティビティも豊富で、どんなニー ズにも応えてくれる。公園の敷地には、広大な未開地も含まれているため、都会の喧騒から離れ大自然の中でゆっくりしたい人も満足できるはず。スノードニア山では本格的な登山が楽しめるが、のんびりと山歩きをするだけでも十分楽しい。
ロンドンからの行き方
スノードニア国立公園には、いくつかの拠点があります。
以下に、代表的な拠点を記しています。
■ スランベリス(Llanberis)
列車: Euston駅からBangor駅までおよそ4時間。Bangorからバス。
■ ベトゥス・イ・コエド(Betws-Y-Coed)
列車: Euston駅からBetws-Y-Coed駅まで、所要時間およそ3時間45分(Llandudno Junction駅で乗り換え)。
■ マカンスレス(Machynlleth)
列車: Euston駅からMachynlleth駅まで、所要時間およそ4時間(Birmingham High Street駅で乗り換え)。
Snowdonia National Park
Tel: 01766 770274
www.snowdonia-npa.gov.uk
ここが見どころ
スノードン山岳鉄道
Snowdon Mountain Railway
スノードン山頂上までの約8キロを1時間かけて登る観光用の鉄道。登山はしたくないが、ウェールズの広大なパノラマを見てみたいという人にピッタリ。辛い登りは列車を使い、下りはウォ ーキングという楽しみ方も可能。
| 発着地 | スランベリス(Llanberis) |
| 時間 | 9:00~17:00 (季節により異なるため事前にお問い合わせを) |
| 住所 | Snowdon Mountain Railway Llanberis, Gwynedd LL55 4TY |
| TEL | 0870 458 0033 |
| Web | www.snowdonrailway.co.uk |
鉄道から眺めるウェールズ 「ザ・グレート・リトル・ トレインズ・オブ・ウェールズ」ウェールズに残された 「リトル・トレイン」と呼ばれる鉄道路線では、通常よりも細い線路を小さな可愛らしい鉄道が走るほのぼのとした風景が楽しめる。せっかくウェールズに行くなら、この「リトル・トレイン」での移動も楽しんでみてはどうだろう。牧歌的な風景を眺めながら、ゆったりとした時間が流れるウェールズを楽しめること請け合い。
Tel: 01654 710 472
www.greatlittletrainsofwales.co.uk
ウェールズでの移動に便利
「ウェールズ・フレキシ・パス」
ウェールズ内の主要鉄道とバスのほとんどが乗り放題になる「ウェールズ・フレキシ・パス」はウェールズ観光の強い味方。
Wales Flexi Pass
www.walesflexipass.co.uk
ウェールズ便利リンク
ここで紹介した街・国立公園以外にも、ウェールズにはまだまだ素敵な場所がたくさんあります。 更に詳しいウェールズ情報をお求めの方は下記のウェブサイトをご利用ください。
ウェールズ観光局:www.visitwales.co.uk
アドヴェンチャー好きに:www.adventure.visitwales.com
ウェールズを歩く:www.walking.visitwales.com
ウェールズで魚釣り:www.fishing.visitwales.com
ウェールズでゴルフ:www.golfasitshouldbe.com
ウェールズで農場体験:www.farmstaywales.co.uk



在留届は提出しましたか?







英国に住んでいると、世界中の国の人々と共に生きていることを日々実感するのでは。その中でもインドでは1947年の独立まで約200年間、英国の支配が続いた関係で、多くのインド人たちが英国に移住して暮らしている。彼らの歴史は21世紀の今日に至るまで、社会のあらゆる面において見ることができる。この特集では現在の英国社会においてインド出身の人々がいかに活躍しているのか、探ってみたい。
英国で生活をする上で必需品が欲しくなった時便利なのが、ニュースエージェント。コーナーショップとも呼ばれるこの種の店では、なぜかインド系の人達が店番をしていることが多い。これは偶然なのだろうか? 昨年、全国小売ニュースエージェント協会の会長を初のインド出身者として務めたメハンドラ・ジャデージャ氏に話を伺った。



8月11日(金)から公開される「カビ・アルビダ・ナー・ケーナ(英語タイトル:ネバー・セイグッバイ)」。それぞれ倦怠期を迎えている2組の夫婦。互いに全く面識のなかった彼らが、ある時、運命の十字路に迷うことに……
左)ヘンナで施した繊細なデザインが花嫁の手を彩る
いい香り!料理で使用されるスパイス。 


英国人にとってウォーキングとは、なくてはならない生活の一部。都市部でのお手軽な散歩から、本格的なトレッキングまで、 さまざまなウォーキングを楽しむ英国人の支えとなっているのがフットパス(歩道)だ。英国中を縦横無尽に走るこのフットパス、実は法律によってその定義が明確に定められている。
無数の海鳥の生息地として名高いウエールズ、スコマー島。ウエールズ南西部野生トラストが管理しているこの島は、4月1日から10月31日までの期間(月曜日休)のみ一般開放されている。主な島のルートは十字型に広がっていて、短い距離の散策から島の沿岸部のほとんどを踏破する周回コースまで選択の幅は様々。ヨーロッパ北西部でも屈指の海鳥観察スポットなので、是非とも珍しい野生動物を見てみよう。
海鳥たちの宝庫として知られるスコマー島だが、見どころは鳥だけではない。アザラシを見たいのならば、9月は特にお勧めの季節。北端のGarland Stone(ガーランド・ストーン)では、白い毛皮に覆われたかわいらしい子アザラシの授乳シーンを観察できる。そして、島の中心にある農場は1800年代初頭に建てられたという歴史的なもの。情報集めのほか、宿泊施設としても利用できる。
ここの松林はすばしっこいマツテン(イタチ科の動物)の住処。マリー湖西部には他にもヤマネコやカワウソが生息している。また、湿地では多くのトンボが観察できる。その中には希少価値の高い種も。
大人気の映画、ハリー・ポッター・シリーズでホグワーツ魔法魔術学校として登場し、その悠々たる姿には覚えがある人もいるだろうアニック城。本コースでは、この中世の城から出発し、13世紀の姿を今に残す小さな修道院跡や公園の静寂の中をゆっくりとたどっていく。また、カントリー・ライフを特集する雑誌の調査で「英国で一番住みやすい場所」に選ばれたこともある美しい街も見どころの1つだ。
南ウエールズに広がるブレコン・ビーコンズ国立公園。1800メートルの山脈が悠々と連なり、数多くの滝や渓流、鍾乳洞が点在している夏場にもってこいのウォーキング・ポイントだ。心洗われるような水音を聞きながら歩けば、日頃のストレスもいつのまにか解消されているはず。
















英国ゴースト研究家
離婚して新しい妻を娶るために英国の宗教まで変えてしまったヘンリー8世の2番目の妻。取り立てて美人ではないが、きらきら輝く漆黒の魅力的な瞳にヘンリー8世が夢中になったと言われている。1533年ヘンリー8世と結婚し王妃の座に就くも、わずか3年後の1536年には不倫の濡れ衣を着せられロンドン塔に幽閉され、同年5月19日に斬首刑に処された。アンの幽霊は、処刑の翌日から目撃されるようになった。首のない4頭の馬に引かれた馬車の中には首から上のないアンが座っていたり、誰もいないはずの礼拝堂の明かりをつけ部屋を徘徊している姿が報告されている。約450年も前から、ロンドン塔の勤務簿にはアンの幽霊の出没記録が細かく記録されているのだが、特に斬首が行われたロンドン塔内のタワー・グリーンで目撃されることが多い。
アン・ブーリンの従姉妹で同じくヘンリー8世の妻(5番目)。1540年ヘンリー8世に見初められ結婚した後も、前の恋人との付き合いが終わることはなく、1542年、ついに王の怒りを買いロンドン塔に幽閉される。処刑の際、キャサリンは恐ろしいほどの力で処刑人たちの手を振りほどき、髪を振り乱し叫びながら処刑場の中を逃げ回ったそうだ。処刑人は大斧を振りかざして王妃の後をどこまでも追いかけ回したが、3 度大斧を振り下ろすも失敗に終わり、ようやく4度目にして王妃の首をたたき切ったと言われている。キャサリンの亡霊が頻繁に目撃されるのは、ヘンリー8世と暮らしていたハンプトン・コート・パレス。許しを請いながら、廊下を引きずられて行く姿や宮殿内ロイヤル・チャペルのドアをバンバンと叩く姿が目撃されている。






ライムハウス地区に出来た1955年当時のチャイナタウン(写真左)、

在英中国人にとっての心のよりどころに
早い、うまい、安いがウリ!
チャイニーズ・エルビスとはこれいかに

1955年生まれ。長崎県出身。東京大学在学時に劇団「夢の遊眠社」を結成。92年、劇団解散後に文化庁芸術家在外研修員として1年間のロンドン留学を果たす。翌年93年に帰国後は、企画・製作会社「NODA・MAP」を設立。以降、プロデュース公演形式で数々の作品を発表し続けている。


THE BEE
舞台は70年代の日本。平凡なサラリーマン、イドは自分の留守中、こともあろうか脱獄犯に妻子を人質に取られてしまう。途端に騒ぎ立てるマスコミや警察。彼らの高圧的な態度、欺瞞に満ちたその本質に触れたイドは、次第に常軌を逸していく……。




スタッグ・ナイトとは、結婚を間近に控えた男性が、友人たちと開く独身最後のパーティーのこと。一方のヘン・ナイトは女性のみのパーティーを指す。四六時中コッコとやかましいニワトリの名を取っていることからもわかる通り、時には警察沙汰になるほどの大騒ぎとなる。このパーティーの費用を出すのは友人たち。結婚後も変わらぬ友情と、男性の場合は今後奥さんに財布の紐を握られてしまう新郎への労わりを示しているんだそう。


婚約と婚約指輪の起源は中世英国にまでさかのぼる。先程も説明した通り、中世英国の一般家庭において、独身女性は大切な働き手だった。その貴重な人材を失ってしまう家族に対して、新郎は対価を支払わなければならなかった。その対価を支払う期間が「engagement」だったのである。当時、金の指輪は通貨として使われていたため、金の指輪が対価として新婦側の両親に送られたという。これが婚約指輪の始まりと言われている。
日本では常に悩みの種となるご祝儀。そんな風習のない英国では、その代わりに新郎新婦が欲しいものを自分たちでリスト・アップし、招待客にはその中から選んでプレゼントしてもらうという習慣がある。それが「ウェディング・リスト」。英国には専門店も数多くあり、お祝いを贈る人は指定されているお店へ出向き、リスト・アップされているものの中から自分の予算に合ったものを選ぶことができる。このウェディング・リスト、予算によってピンキリで、上流階級の人たちはハロッズやセルフリッジ、お金に余裕のない場合にはなんとテスコのトイレット・ペーパー1年分、なんていうのまであるらしい。
日本では天井まで届きそうな巨大なウェディング・ケーキを見かけることもあるけれど、ここ英国のケーキは極めてシンプル。基本は3段重ね。一番下は結婚式に出席した人が食べる用、真ん中は出席できなかった人に贈る用、そして一番上は最初の子供の洗礼式まで取っておく。子供が生まれるまでという長期計画だから、日持ちするようにスパイスたっぷりのフルーツ・ケーキを使うのが英国流。日本人にはちょっと甘すぎるくらいだけど、英国人はみんなこのケーキが大好きなんだそう。
■
1. 教会での結婚式
戸籍制度のない英国では、重婚を避けるために、まずは自分が独身であるという証明を役所に提出する必要がある。その上で誰も異論がなければ婚姻許可証を受け取ることができるのだ。その後挙式するのが結婚に至るまでの基本パターン。もともとローマ・カトリックを信仰していた英国が、英国国教会という独自の宗派を立ち上げたのは、時の国王ヘンリー8世が王妃と離婚するため。こんな背景を持つお国柄だけあって、他のキリスト教国と比べると、日常生活におけるキリスト教の浸透度はそれほど高くはない。また多民族国家である英国では、インド風の結婚式や、新郎と新婦の手を固く縛り付ける、ハンドファスティングというケルト起源の結婚式もある。最近は海外挙式を行う人も増えるなど、結婚式の多様化が進んでいるが、その一方で、やはり結婚式は教会でと考える人も多い。挙式と入籍が別々の日本とは異なり、挙式の瞬間が入籍となる英国では、結婚式はやはり神聖なもの。神の前で愛する人と誓いを交わしたいと思うのももっともかもしれない。

クリブデン - Cliveden
◆Hiromi Cherryさんウェディング・プロデュース会社
ハートウェル・ハウス - Hartwell House
ハイクレア・カッスル - Highclere Castle











コンサベーション・エリア



パーム・ハウスを手掛けた建築家バートンによる設計のテンペラート・ハウス。1859年に着工、途中政府による資金援助が滞るなどトラブルに見舞われ、完成までに実に30年もの月日を費やした。パーム・ハウスの2倍の面積(4800平方メートル!)を誇り、温帯植物を中心に展示している。







毎年7月の1週間だけ、ハンプトン・コート宮殿の敷地内を舞台に開催される「ハンプトン・コート・パレス・フラワー・ショー」。世界各国から参加申し込みが殺到し、700以上の出品者が自慢の花や植物を展示する。新人ガーデン・デザイナーによる展示を見たり、新種の苗を実際に買ったりするのも楽しみのひとつ。
毎年人気の部門
英国ならではの花といえば
花や植物を見るだけでなく、その背景にある英国のガーデニングの歴史に興味がある方には、「ガーデン・ミュージアム」がおすすめ。博物館自体はランベス・ブリッジ橋を南に渡ってすぐのところに建つ、セント・メアリー・アット・ランベス教会内にあり、そのいきさつがユニークだ。
英国人の庭は不思議がいっぱい
ガーデン・ノーム人形は元はドイツで発祥し、19世紀後半に英国に輸入されたもので、原型は粘土などで作られ彩色を施し、とんがり帽に白いあごひげをたくわえたおじいさんの形をしていた。しかし1960年代になると、プラスチック製で絵の具の塗りも粗雑な、質の悪いものが出回るように。それが原因でガーデン・ノーム人形は下品で趣味が悪いというイメージが付いてしまった。つい10年程前までは英国中の庭に500万体ものノーム達が見られたが、今となっては380万体に減少。売上げもブームの頃と比べて3分の1の年間300万ポンドに落ち込んでいる。現在ではデザインがハイテクであったりセクシーであったりとバラエティーに富んでいるが、よほどリバイバル・ブームでも起きない限り、売上げの減少傾向はさらに続くとのこと。 
ご存知英国の第73代首相。まだ若々しさを十分に残していた41歳の時に労働党党首に任命され、その3年後に政権を奪取。以来、9年間にわたって首相として君臨している。彼の特徴として、「神がかった」という表現が似合うほどのパフォーマンスの上手さが挙げられる。日本の政治家ではめったにお目にかかれない、凛々りりしくスマートないでたち。上品な言葉遣いと流暢な話し方に加えて、敵陣さえ笑いに誘う抜群のユーモアのセンス。そして何よりも、政策を訴える際に眩いばかりにキラキラと輝く両目。思わずうっとりして彼が何を言っても信じてしまいそうになる。
近年の英国経済の安定は、ブラウンの功績による部分が大きい。国債の発行を制限する緊縮財政で財政管理し、公定歩合を設定する権限を中央銀行に与えて市場の信頼を勝ち得た。さらにはアフリカ諸国への援助金捻出に奔走するなど、政治的貢献も果たしているのに、妖怪ぬりかべみたいなダミ声を出すものだから陰湿なイメージがまとわりついてヒーローになり切れない。
メディアからは「ブルドッグみたい」と形容される政界のお騒がせ男、ジョン・プレスコット。学生時代は落第したこともあり、政治家になる前は船乗りだったという異色の経歴を持つ。議員デビュー当時から破天荒な言動で物議を醸していたが、高齢になってもそのはみ出しぶりは衰えず、今でも国会の壇上に上れば文法一切無視の不明瞭な演説を行って、周りからの嘲笑の的となっている。ブレア首相が話している間も平気で居眠りこき、抗議目的で卵を投げつけた市民をグーで殴りつけて逆襲したこともある。こんな人が副首相なんていう肩書きを持てる英国の政治の世界って本当にすごい。そんな荒らくれ者のイメージばかりが強調されるが、実は分裂しがちな労働党を上手にまとめる親分として厚い信頼が寄せられているプレスコット。人災を起こすほど荒れたり、時には温かく党員を包み込んだり、ともかくとっても器の大きな海の男なのだ。
今、最も注目を浴びる女性政治家。イタリアのベルルスコーニ元首相の汚職事件に夫が関係していたとの報道で、一斉に脚光を浴びた。政治家としての立場も危うくなり「苦渋の選択」の末に、彼女は結局その夫と別れることを選んでひとまず解決。ああ、女にとって夫の存在ってそんなものか、と英国中の既婚男性に深い溜息をつかせた一件であった。メディアも汚職問題にかこつけて報道していたが、実際のところこの夫婦の愛憎劇の方に興味津々だったのだ。本業では2012年に開催されるオリンピックの開催地としてロンドンが選ばれたことで、オリンピック大臣にも任命されている。しかし競技場建設の深刻な遅れなどの問題が再三にわたって指摘されており、開催日が近付くにつれて今後猛烈に叩かれること間違いなし。その時に夫が再び現れて彼女を支える、なんて話も興味がある。
1997年に当選してからスピード出世を果たし、2004年暮れに教育相に任命され女性としては最年少で入閣を果たした。しかしその後まもなくして国内の学校に性犯罪の前科を持つ者が職員として多数採用されていた事実が発覚し、事態は急展開。憧れの内閣デビューを飾った途端に性犯罪者の対応に追われた。ここぞとばかりに野党やメディアは政府の管理責任を激しく追及。田舎臭さが漂うもっこりした髪に、バリトン並みの低い声を持つがゆえ不器用に映る彼女をここぞとばかりに叩きに出た。しかし彼女は毅然とした態度で記者会見に臨み、国民の理解を得ることに成功する。市民に卵を投げつけられても、ブレア首相が推進する教育改革で大忙しの毎日でも文句言わずにひたすら働く彼女。どんなにしごかれても明日へ向かって生きていく、そんな前向きな新入生を思い起こさせる。
インテリじみた話し方が少し気になる男。内相時代に犯罪者に対する厳重な取り締まりを掲げ、それまでの犯罪に甘い労働党、というイメージをうっちゃった。細身の体ながらも強気で威張っているストローだが、何せ明晰な頭脳を持つがゆえに市民の間ではすこぶる評判が良いという。イラク情勢やイランの核開発問題など、英国を悩ます中東問題が議題に上ると、ガサガサと昆虫みたいにしゃしゃり出てきては、記者会見上で顔の表情ひとつ崩さず対応する。それだけに、どうしても冷徹なイメージが付きまといやすいことも確かである。
剛毅な印象を与える北部独特の訛りと睨みを利かせた顔はやくざである。かつては共産党員だったこともあるほど豊富な経験を持つ彼には、保健相という意外な職歴がある。同ポストに任命された瞬間「保健相なんてやってられるか」と叫んだという逸話が残っており、きな臭い今のポストの方が似合うことは十分自覚しているのだろう。戦闘的なイメージばかりが際立つが、実は経済史の分野での博士号を持っている知性派。知識と風格、そしてファイティング・スピリットの3拍子揃った僧兵のような彼に集まる信頼は厚い。
雅で人畜無害なオバサマに見えて、実はかなりやり手の政界大ベテラン。かつてブレアそしてプレスコットと共に労働党党首の座を争ったこともあり、割と権力志向の強いタイプなのかもしれない。また大学時代には鉱石から金属を取り出して精製する過程を調べる冶金学者としての資格も取得しているという、根っからの地学オタクでもある。エネルギー源不足に悩む英国で再燃している原子力発電利用について論じる際に度々メディアに登場し、是非を問わない玉虫色の発言に終始してはお茶を濁している。
とっておきのいじめられキャラ。155センチの低身長に顔の面積の約3分の1を占める大きなメガネ。何を話しても必死で言い訳しているように聞こえる口調。挙げ句の果てに「無任所」なんて曖昧で中途半端な肩書きを持つ彼、もう一つのポストである労働党委員長なんて、他に誰もいないから無理やりやらされているという構図がはっきりと見て取れる。が、15歳でストライキを指揮したという実績を持つ彼を侮ってはいけない。決して人々の信頼を裏切らない彼がいるからこそ、現内閣を支援するという議員も多数いるのだ。
かつて家庭生活を優先したいがために議員デビューを遅らせたことがあるという、オヤジたちが泣いて喜びそうなエピソードを持つヒューイット。さらに保健相とくれば柔和なイメージばかりが膨らむが、実は札付きの剛腕フェミニストでもある。男性の部下をクビにして無能な女性を雇い、男女差別法に触れると訴えられて敗訴したこともあるくらいだ。また国家破壊活動に従事しているとの疑いで国内の諜報機関MI5に追跡されたこともある。現政権では吹けばほこりが飛び散る国家医療制度(NHS)について弾劾追及される毎日を過ごしている。
仙人のような白い口ひげが特徴の舌鋒家。テロ問題で揺れる英国の治安対策では、その強気な姿勢が功を奏している。というのも、2005年の同時多発テロ発生以降、IDカード導入や反テロ法成立など国家の管理強化に危機感を強めるリベラル知識人が数多くいる中、彼らを「害毒」呼ばわりして蹴散らしているからだ。かと思えば、国外追放の対象である外国人犯罪者が内務省の不手際で大量に釈放されていたことが判明し、各方面から糾弾されると結構しどろもどろだった彼。所詮は空威張りしていただけなのかもしれない。






