先月末、ベルリン国際映画祭にて日本の寺島しのぶが最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞した。ただそうした華やかなニュースを聞くときでさえ、「ベルリン」という地名を耳にしたとき、私たちはいまだに、かつてこの街に立ちはだかっていた壁を想起するのではないか。壁崩壊から20年が過ぎた今、4月に控えるイースター休暇を利用して訪れるのもよい機会となるかもしれない。東西ドイツ分断の時代を知るための道標を紹介する。(文・写真: 中村真人)
壁の歴史
第ニ次大戦が終結し、米ソ冷戦時代に突入。敗戦国ドイツは米英仏ソの4カ国に分割統治され、首都ベルリンもその潜在能力ゆえ、同様に分割されていた。西ベルリンは東ドイツの中にぽっかりと浮かぶ陸の孤島だったが、東西の経済格差が明らかになるにつれ、自由を求めて西ベルリンを経由して西側に亡命する東ドイツ市民(多くは若者)の数が激増。1961年8月13日未明、国家存続の危機を感じ、秘密裏のうちに壁建設の計画を進めていた東ドイツ政府は、ついにそれを実行したのである。
壁建設以降
壁で東西ベルリンが隔てられた後も、人々の西側への逃亡が止むことはなかった。
最初の逃亡人民兵
コンラート・シューマン
1961年8月15日、東ドイツの人民兵コンラート・シューマンがベルナウアー通り(Bernauer Str.)の有刺鉄線を越えて西側に逃げた。その瞬間をとらえた写真はあまりに有名だ。写真家ペーター・ライビングは、「ここで何かが起こる」と予感し、数日前から現場に張っていたという。
ギュンター・リトフィンの記念碑
インヴァリーデン通り(Invalidenstr.)の橋のたもとに、1961年8月24日、川を越えて西側に逃げようとした際に射殺された、当時24歳のギュンター・リトフィンの記念碑が立っている。近くにはギュンター・リトフィン記念館(Gedenkstätte Günter Litfin)もある。彼が壁の最初の犠牲者だが、正確な犠牲者の数はいまだに分かっていない。
写真)ギュンター・リトフィン
61年8月24日、国境の川沿いで射殺された24歳のリトフィンは、壁の最初の犠牲者。
逃亡トンネルの現場
1964年10月、東から西ベルリンに亡命した学生によって掘られた140メートルの地下トンネルをくぐり、57人の東ベルリン市民が脱出に成功。この、通称「トンネル57」の終着点となったベルナウアー通りとシュトレーリッツァー通り(Strelitzer Str.)の角にプレートが立っている。同じ通りには「トンネル29」のプレートもある。
激動の1989年
1989年5月、ハンガリー・オーストリア国境の鉄条網が撤去され始めたのを機に、東ドイツの人々が兄弟国ハンガリーに「休暇」として出掛け、そこから西へ亡命する大移動の波が起こった。秋になると、プラハやワルシャワの西ドイツ大使館に多くの人々が逃げ込み、またライプチヒやベルリンでは民主化を求める大規模なデモが続いた。このような状況下、ついに最高指導者のホーネッカーが退陣。
外国人記者会見場(現連邦法務省)
同年11月9日、旅行自由化に関する歴史的な記者会見がモーレン通り(Mohrenstr.)の38番地で行われた。会見に臨んだ東ドイツ社会主義統一党のギュンター・シャボウスキーは、「その政令はいつから有効か」という外国人記者の質問に対して、うっかり「今すぐ」と答えた。この会見が行われた部屋は現存しないが、「旅行自由化の公布」という名のインスタレーションが法務省の建物内にあり、道路側からのぞけるようになっている。 www.bmj.bund.de/reise/index.htm
ボルンホルマー検問所
テレビで記者会見を見ていた人々は半信半疑のまま検問所付近に集まりだし、状況を知らされていない警備兵との間に食い違いが生まれた。やがて「門を開けろ!」の大合唱が起こり、同日23時半頃、ボルンホルマー検問所を皮切りに、ベルリンのほかの検問所もついに開放されたのである。
写真)ボルンホルマー検問所跡
89年11月9日、現場の判断 でこの検問所が開放された。歴史が書き換えられた瞬間。
壁のことを知り、あの時代を追体験するにはどこに行けば良いのか?ここでは広く知られているものから、近年オープンしたばかりの最新スポットまでをご紹介しよう(地図上の番号と対応)。
イーストサイド・ギャラリー
East Side Gallery, Mühlenstr. 1
オーバーバウム橋から東駅まで続く全長1300 メートルの壁に、21カ国118人のアーティストが絵を描いた世界最長のオープン・ギャラリー。昨年すべての絵が描き直され、美しくよみがえった。
www.eastsidegallery.com
DDR博物館
DDR Museum, Karl-Liebknecht- Str. 1
東ドイツの日常生活をリアルに垣間見られるミュージアム。オリジナルのトラバントによるシミュレーション体験ができるほか、当時の調度品で再現したリビング・ルームなどを実際に触れながら体感することもできる。
www.ddr-museum.de
シュレジア灌木の監視塔
Schlesier Wachturm, an der Puschkinallee
壁と並んで、冷戦下のベルリンを象徴していた国境の監視塔も、そのごく一部が残されている。中でもここは1992年に文化財に指定されており、現在は内部見学が可能。
シュタージ博物館
Stasimuseum, Ruschestr. 103, Haus 1
かつての国家保安省(通称シュタージ)の本部が博物館として公開されている。秘密情報機関として特に反体制の人々を監視・抑圧していた現実には身震いするだろう。盗撮に使われていた超小型カメラなどのほか、シュタージのトップにいたエーリヒ・ミールケの執務室が当時のまま残されている。
www.stasimuseum.de
地下鉄U55 ブランデンブルク門駅
Bahnhof Brandenburger Tor
昨年8月にオープンしたばかりのブランデンブルク門駅は、分断の象徴ともいえる場所。構内に壁の展示があり、「マウアー・ガイド」(P15参照)もここで借りられる。地下へ降りるエレベーターの壁には、壁にまつわる政治家の発言がちりばめられていて、この場所が持つ意味の重さを実感できるはずだ。
チェックポイント・チャーリーの壁博物館
Das Museum Haus am Checkpoint Charlie, Friedrichstr. 43-45
かつて外国人専用の検問所だったチェックポイント・チャーリーに面した壁博物館は、1963年設立と古い歴史を持つ。数々の写真や資料のほか、西側への脱出に使われた車や気球、ボートなどの展示物が充実している。検問所の敷地には壁に関する野外展示もあり、ここを観るだけでも十分多くのことを学べる。
www.mauer-museum.com
壁公園
Mauerpark, Am Falkplatz 1
かつての壁の緩衝地帯に作られた広々とした公園で、毎週日曜日に開かれる蚤の市は有名。天気の良い日には、ベルリン内外からの人で賑わう。
北駅の公園
Park am Nordbahnhof
昨年5月にオープンした新しい公園。戦前は鉄道のターミナル、戦後は壁の緩衝地帯だった細長いスペースに作られている。当時の壁が残り、注意して歩くと昔の線路が埋め込まれていることも分かる。奥に進むと遊び場が見えてくる。ベルリンらしい不思議な雰囲気の公園だ。
マリーエンフェルデの臨時収容施設跡
Erinnerungsstätte Notaufnahmelager Marienfelde, Marienfelder Allee 66/80
東から西に亡命した人々が最初に向かったのがこの施設で、現在は博物館として公開されている。彼らはどのような気持ちで、またどのような手続きを経て、新天地でスタートを切ったのだろうか。収容者が一時的に生活していた部屋も見学できる。
www.notaufnahmelager-berlin.de
ベルナウアー通りの壁記録センター Dokumentationszentrum Berliner Mauer,
Bernauer Str. 111
アパートの中は東側、前の通りは西側というこのベルナウアー通りで当時、何が起きたのか。コンパクトな展示スペースながら、その内容は充実している。建物の向かいには当時の壁が再現され、屋上からその様子を見渡すことができる。壁が実際どういう構造になっていたのか、よく分かるだろう。
www.berliner-mauerdokumentationszentrum.de
プレンツラウアー・ベルクのゲッセマネ教会
Gethsemanekirche, Stargarder Str. 77
ミッテのシオン教会Zionskircheと並び、東ベルリンの民主化運動の先導的役割を果たしたのがこの教会だった。非暴力を求める集会や礼拝が何度も行われ、多くの市民が参加した。
www.gethsemanekirche.de
新しいインフォ・パビリオン
Informationspavillon Berliner Mauer,
Bernauer Str. 119
ベルナウアー通りの壁があった敷地は長らく空き地になっていたが、記憶を留める場所として、壁建設50周年の2011年までに生まれ変わる予定。その第1弾として、赤色の新しいインフォメーション・パビリオンが昨年11月にオープンした。
フリードリヒ通り駅
涙の宮殿の異名を持つ出国所。
悲しい別れの場となったことから人々にこう呼ばれた。
白い十字架
ライヒスターク(連邦議会議事堂)の裏手の川沿いに、壁による犠牲者を追悼する十字架が立っている。
ヴァルデマー通り
映画「ベルリン・天使の詩」で、天使が人間に生まれ変わるシーンが撮影された場所。
トラビ・サファリ
東ドイツの国産車「トラバント」を運転できるツアー。色とりどりのトラビの中から好きな車を選び、簡単な手ほどきを受けてからいざ出発。旧東ベルリンをメインにしたコースと東西の両方を巡る、それぞれ約1時間のコースから選べる。
www.trabi-safari.de
マウアー・ガイド
壁の跡に沿って自分で歩く時に便利。チェックポイント・チャーリーなどのスタンドで貸し出されるオーディオ・ガイドはGPSを搭載し、現在地を探知しながら壁に関するさまざまな情報を教えてくれる。
www.mauerguide.com
ベルリンの地下世界
東西分断時代の核シェルター、Sバーンの「幽霊駅」、幻の都市計画など、知られざるベルリンの地下世界を豊富なコースから選んで回ることができるガイド・ツアー。
http://berliner-unterwelten.de
ジョン・F・ケネディ米大統領
63年6月26日、シェーネベルク市庁舎前にて
"All free men, wherever they may live, are citizens of Berlin, and, therefore, as a free man, I take pride in the words, Ich bin ein Berliner‘! "
「すべての自由な人間は、どこに住んでいようと、ベルリン市民なのです。それゆえ、私は自由な人間として誇りを持ってこう言いましょう。(ドイツ語で)『私もベルリン市民です!』」
ロナルド・レーガン米大統領
87年6月12日、ブランデンブルク門の前で
"Mr. Gorbachev, open this gate! Mr. Gorbachev, tear down this wall! “
「ゴルバチョフさん、この門を開けてください!ゴルバチョフさん、この壁を壊してください!」
ハンス・ディートリッヒ・ゲンシャー西独外相
89年9月30日、プラハの西独大使館のバルコニーにて。亡命を希望して逃げ込んだ東ドイツ市民を前に
"Wir sind zu Ihnen gekommen, um Ihnen mitzuteilen, dass heute Ihre Ausreise…"
「私たちは皆さんに以下のことを伝えるためにやって来ました。今日皆さんの出国が……」(「西ドイツへの出国が可能になりました」という台詞が後に続くが、人々の大歓声にかき消されてしまう)
ミハイル・ゴルバチョフソ連書記長
89年10月6日、東ベルリンにて。ジャーナリストを前に旧態依然の東ドイツ政府を暗に批判した
"Gefahren lauern auf diejenigen, die nicht auf das Leben reagieren.“
「危険は、人生に対して反応しない人たちに待ち構えているのです」
ヴィリー・ブラント元西独首相
89年11月10日、シェーネベルク市庁舎前にて
"Meine Überzeugung war es immer, daß die betonierte Teilung und daß die Teilung durch Stacheldraht und Todesstreifen gegen den Strom der Geschichte standen. Und ich habe es noch in diesem Sommer erneut zu Papier gebracht: Berlin wird leben, und die Mauer wird fallen."
「コンクリートによる分断、鉄条網と死の立ち入り禁止地帯による分断は、歴史の流れに反するものであると、私は常に確信していました。この夏、私は改めて書き記しました。すなわち、『ベルリンは生き、壁は崩れるだろう』と」



在留届は提出しましたか?





Apple社が開発したスマートフォン(携帯電話と携帯情報端末が一つになった機器)。キーパッドではなく、画面に触れることで操作を行うことができるマルチタッチスクリーン方式を採用、その洗練されたデザインが人気を博している。電話はもちろんのこと、メールやインターネット、テキスト・メッセージなどの機能に加え、様々なアプリケーションを追加することで、自分の好みに合わせてカスタマイズすることができる。













































初めの一歩が肝心

渡英直後、現在の家への入居時に、物件や備品の状態を記録した「インベントリー・リスト」を受けとったはず。このリストに基づいて、家の状態を回復できているかどうかを確認するのがインベントリー・チェックだ。引越し予定日が決まったら、大家 / 不動産会社とインベントリー・チェックの日時を決める。清掃業者への依頼もこのときに行うことになる。
帰国日を決めるのはその後
正確な見積りをもらうために
いよいよ本格的に始動




ロンドンの劇場前などでよく見かける、主に観光客を相手とする人力車。
ロンドン市内の観光名所を周遊する観光バス。この街に関する新たな発見があるかも。
ロンドン・アイなど、定番の観光スポットを訪れていない人は意外と多い
ロンドン在住者であれば、カンタベリーなどに日帰りで出掛けるのもいい








一生使える優れもの
「すりこぎを使っているときにふと思ったんだ。もっと手早く簡単にハーブやスパイスを砕いて混ぜ合わせる器具があってもいいんじゃないかって。以来、ドレッシングやマリネをつくるたびにその思いにとらわれるようになってね」。それから約4年近く、セレブ・シェフのジェイミー・オリバー自ら試行錯誤を重ねた末に完成したのがこの一品。使い方は至って簡単、スパイスやハーブ、ガーリック、ナッツなど好みの材料を入れてシャカシャカ振るだけ。セラミックのボールが中で跳ね回り、材料を細かく砕いてくれるのだ。オイルやクリームなどの液体を入れてドレッシングを簡単につくることもできる。
母国オランダおよび英国の美術系大学院RCAでプロダクト・デザインを学んだ後、ロンドンを拠点に活躍中の新鋭デザイナーによるプラスチック製ジャー・トップの5点セットは、NY現代美術館のコレクションにも登録されている秀逸アイデア・グッズ。使い切ったパスタ・ソースの瓶をリサイクルごみとして捨てるのももちろんエコだけど、瓶にこのジャー・トップを付ければオリーブ・オイルや砂糖入れとして再利用できるのだからスゴイ。ちなみに瓶詰め食品に使われている瓶の直径は、世界的にみても約75%が同じ大きさなのだとか。つまり、どこの国の瓶にも大抵フィットするというわけだ。
双子の兄弟、アントニー & リチャード・ジョセフが2002年に創業したキッチン用品 & テーブル・ウエアのブランド、Joseph Joseph。カラフルな色使いで料理が楽しくなりそうなキッチン用品は、どれも実用性を重視した革新的な設計だ。本体をラインに沿って折り曲げることで、切った食材を簡単に鍋に入れることができるまな板「Chop to Pot」をさらに進化させたこの「Rinse & Chop」は、野菜の下ごしらえに便利な、まな板と水切りを一体化させたデザイン。アウトラインにサーマル・プラスチック・ラバーが配されているので、水回りでも滑りにくい。お手頃価格で、ちょっとしたギフトにも最適な一品だ。
アール・ヌーボー調のレトロでスタイリッシュなパッケージが目を引くナチュラル・コスメ。なかでも一押しなのが、2009年に「ナチュラル・ヘルス・マガジン」のビューティー・アワーズに輝いた100%オーガニックのバーム。保湿効果抜群で、リップやフェイスはもちろん、全身に使える。また、オーガニック・エッセンシャル・オイルと植物成分を配合した、なめらかなテクスチャーのバス & ボディー・ケア製品は、華やかなバラの香りに包まれる「ランブリング・ローズ」と、リラックス系の「スウィート・ゼラニウム」の2種類を揃えている。
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Neal’s Yard Remediesの「Spritzer」
「京都議定書」からその名を取ったというエコ志向のデザイン・チーム、DIY Kyotoが提案するポータブル & ワイヤレスの消費電力測定器「Wattson」。付属のセンサー・クリップをメーター・ボックスのケーブルに装着すれば、室内のどこにでも簡単に設置できて、消費している電力とそのコストをデジタル表示で知らせてくれる。電力消費が少ないときはブルー、平均的なときはパープル、普段より使用量が多いときはレッドと、色別で表示されるのもポイント。年間に最大25%の電力を節約できるというから利用価値大だ。スマートなデザインで部屋のインテリアに馴染みやすいのもうれしい。
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英国生活の必需品といえば、やっぱり傘。どうせ持つならデザインにもこだわって、雨の日を楽しみたいもの。そこでお勧めなのが2008年に創設されたばかりの傘ブランド、London Undercoverである。 紳士用の「クラシック」は、柄からハンドルまで木造りの一体型になっており、クラフトマンシップを感じさせるつくり。一方、レディス用の「スリム・ウォーカー」はイングリッシュ・ブレックファーストやフィッシュ & チップスのプリントをキャンバスの内側に大胆にあしらうなど、英国らしい個性が際立つ。布地からフレームに至るまでリサイクル素材を使用するなど、環境への配慮も忘れていない。
ロンドンの交通事情にストレスを感じ、移動手段を自転車に変えようかと検討中のアナタ。どうせなら英国が世界に誇るAlex Moultonを手に入れてはいかがだろう。大英帝国勲章を受勲しているエンジニアで発明家のアレックス・モールトン氏が、数十年にわたる研究と改良の末に生み出した専用サスペンション搭載の自転車は、機能美を追求した究極のデザイン。特徴的な小径ホイールが接地抵抗や空気抵抗を軽減し、加速性能やハンドリングを向上、走行時の安定性も抜群だ。レーシング・バイクとして数多くの記録を打ち立てていることからも、その実力は明白といえよう。
公園散歩からガーデニングまで、英国生活には何かと欠かせない長靴。1856年創業の老舗、Hunterのウェリントン・ブーツは、今や日本でもファッション・アイテムとして若者に人気だが、長い歴史をもつその他の老舗長靴ブランドの類にもれず、もとは悪天候による過酷な環境下でも耐えうる頑丈なブーツをつくるという目的のもとに生まれた。それだけに耐久性、機能性に優れているのは言うまでもない。天然ゴムを使用したハンドメイドの長靴は、整形外科学に基づいたつくりで、28ものパーツから成り、この上ないフィット感と抜群の履き心地を実現。 カラー & デザイン・バリエーションも豊富だ。
室内からガーデンまわり、はたまたビーチや農場など、あらゆるシーンにおいてあらゆる用途に使える、まさにフレキシブルなカゴ型バケツ。凍結 & UV防止の丈夫で柔軟なラバー素材を使用しているから、どんな天候下でも安心。ビルダーや庭師、漁師を始めとする様々な職業の人々が、作業現場で愛用している。家庭内で洗濯物カゴとして、ペットのエサ入れとして、またワインラックやマガジンラックとして使うのもいいだろう。カラーは14種類、サイズは6種類とバリエーションも豊富で、いくつあっても重宝しそうだ。
石川 俊祐
英大学を卒業後、日本の大手電機メーカーでデザイナーとして約6年間勤務。同社を退社後、ロンドンの産業デザイン・コンサルタント会社PDDにシニア・デザイン・コンサルタントとして就職、現在に至る。食品パッケージのデザイン・ブランディングから家電、医療機器のデザインまで幅広く手掛ける。本業の傍ら、個人プロジェクトなども進める多忙な毎日を送る。
沖 恵美子
食器のデザインを主に行っている、ロンドン在住のプロダクト・デザイナー。英国の大学で学んだ後、各国で展示会を開催しながら、セルフ・プロデュースによりオンラインなどで作品を販売。現在は、デザインから各種コーディネートまで幅広く手掛けている。昨年5月にSuck UKから発売されたユニークなマグカップのシリーズのうち、
大英帝国勲章4等勲爵士 (OBE)
大英帝国勲章2等勲爵士 (DBE)
大英帝国勲章5等勲爵士 (MBE)
大英帝国勲章2等勲爵士 (DBE)
大英帝国勲章4等勲爵士 (OBE)
ナイト爵
ナイト爵
大英帝国勲章4等勲爵士 (OBE)





































































